目師会
 第3祖日目上人(にちもくしょうにん)は、問答が大変上手なお方でした。また大聖人や2祖日興上人に代って天皇や将軍に国家諌暁(こっかかんぎょう)の申状(もうしじょう)を奏上すること、実に42度にも及ぶと伝えられます。大聖人のおそばで常にお給仕に励んだお姿は、末代の信心する者すべての鏡として長く門葉の讃仰するところです。
  そのご高徳を拝する末弟信徒は、報恩の誠を尽すため、祥月命日の11月15日に日目上人御正当会を奉修します。これが目師会という行事です。
  日目上人は、身延山において日興上人には無論のこと、大師匠の日蓮大聖人にもご入滅の日まで常随給仕し、大聖人から甚深の法義を授けられました。
  弘安5年10月、大聖人がご入滅の後、常に2祖日興上人に仕え、日興上人が正応2年(1289年)、謗法の山となった身延山を離れ、富士上野に移られるに当っては、その片腕として大いに日興上人を助けました。
  日目上人の公家、武家への諌状はご一生中42度にも及んだといわれ、大聖人、日興上人の志を奉じて、じつに勇猛果 敢に国家の謗法諌暁のため闘かわれました。
  この日目上人の身命をなげうって広宣流布(こうせんるふ)に努められたご精神は、永遠に受け継いで行かねばなりません。本宗においては、法のため、国のため、一切衆生救済のため老体をもかえりみないこの不惜身命の尊い行体を鑑とし、ご報恩の法要を真心をもって奉修しているのです。
  総本山では11月15日は勿論のこと、毎月15日にも御影堂(みえいどう)において法主上人ご出仕のもと、日目上人ご報恩の法要がおこなわれています。

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