平成19年1月1日発行 高照山 第229号
妙光寺住職  尾 林 日 至
富木入道殿御返事(二)
文永八年11月23日 50歳 

  「『如来の一切の所有の法』云云。但し此の大法弘まり給ふならば、爾前・迹門の経教は一分も益なかるべし。伝教大師云はく『日出でて星隠る』云云。遵式の記に云はく『末法の初め西を照らす』等云云。法已に顕はれぬ。前相先代に超過せり。日蓮粗之を勘ふるに、是時の然らしむる故なり。経に云はく『四導師有り、一を上行と名づく』云云。又云はく『悪世末法の時、能く是の経を持たん者』と。又云はく『若し須弥を接って、他方に擲げ置かん』云云。
  又貴辺に申し付けし一切経の要文、智論の要文、五帖一処に取り集めらるべく候。其の外論釈の要文、散在あるべからず候。又小僧達談義あるべしと仰せらるべく候。流罪の事、痛く歎かせ給ふべからず。勧持品に云はく、不軽品に云はく。命限り有り、惜しむべからず。遂に願ふべきは仏国なり云云。
   文永八年十一月二十三日     日蓮花押
  富木入道殿御返事
  小僧達少々還し候。此の国の為体、在所の有り様、 御問ひ有るべく候。筆端に載せ難く候」(御書488n)

(住職の講義)

 本日の御書講は先月に引き続きまして、『富木入道殿御返事』の最後の部分でございます。この部分は短い御文でございますが、御法門のうえから申しますと、非常に大事な内容を含んでおります。また法華経等の文証を挙げておられますが、これまた末法弘通のうえにおいて、非常に大事な御文をここに挙げていらっしゃいます。そのことを念頭に置いて、少々申し上げたいと思います。
  最初に「『如来の一切の所有の法』云云」とありますが、これは法華経の『如来神力品第二十一』(法華経513n)において、釈尊が本化の上行菩薩に対して、御本尊様の法体の付嘱をあそばされるところの大事な御文であります。これを結要付嘱と申しまして、「一切の所有の法」とは、仏様が所持されるところの一切の仏法であって、その根本の法体を、一言にして「妙法蓮華経」という五字の名称に結ばれたということをお示しになっていらっしゃるわけであります。その次のお経文には「如来の一切の自在の神力」とありまして、仏様が一切に通達して自在に発揮するところの力、その不思議な用きが、この妙法蓮華経に説き顕されているということを示されております。そしてまた「如来の一切の秘要の蔵」と申しまして、仏様が悟られたところの妙法は一切の処に遍く行きわたり、皆これ実相である。その不思議な体は、この妙法五字に完結し具わっているということを示されています。
  さらに「如来の一切の甚深の事」と申しまして、仏様が衆生を救済する深い因果の道理が妙法五字に具わっており、ここに不思議な宗旨を結ばれています。そうして「皆此の経に於て宣示顕説す」と、妙法蓮華経は、妙名、妙用、妙体、妙宗が全部具わったところの妙教であることを示されて、釈尊はその枢要を取って上行菩薩に付嘱されました。「名体宗用教の五重玄の五字」と言われる意味がそこにあります。大聖人様が弘められる妙法は、「妙法蓮華経序品第一」とか「妙法蓮華経方便品第二」とか「妙法蓮華経譬喩品第三」とかいうような、ただ単なる法華経の経本の題目ではなくして、この神力品におけるところの付嘱の妙法に基づいております。そうして、そのもっと根元を言えば、久遠元初以来、ずうっと胸中に所持されていたところの妙法を、大聖人様が末法に御本仏として御出現になり、インドの釈尊の仏法ではなくして、日本の仏法としてお説きあそばされる。そのために、釈尊から大聖人様への御化導における付嘱の儀式が必要でありますから、寿量品においては久遠の仏様の寿命が常住不滅であるという意義をお示しになり、そして神力品においては付嘱の儀式をなさったわけであります。したがって、大聖人様は、この一連の流れのことを、
  「宝塔品より事をこりて寿量品に説き顕はし、神力品嘱累品に事極まりて候ひしが」(御書764n)
ということをお示しになり、大聖人様が弘められるところの妙法蓮華経の御本尊様について、
「此の妙法蓮華経は釈尊の妙法には非ず。既に此の品(神力品)の時上行菩薩に付嘱し玉ふ故なり」(御書1783n)
ということを仰せになっております。したがって、神力品において、釈尊が本化上行菩薩に対して、付嘱の儀式をされたのは、妙法蓮華経の御本尊の法体を受け渡される付嘱の儀式をなさったわけです。
  ただ、ここでは「『如来の一切の所有の法』云云」とだけおっしゃっておりますけれども、「如来の一切の自在の神力」「如来の一切の秘要の蔵」「如来の一切の甚深の事」、この四句の要法をもって、本化上行たる大聖人様に、妙法五字の法体を付嘱あそばされたということをお示しになっているわけであります。 
「但し此の大法弘まり給ふならば、爾前・迹門の経教は一分も益なかるべし」。大聖人様は末法に御出現なされて、妙法広布の先駆けをあそばされた。末法において、その南無妙法蓮華経の大白法が始まったならば、釈尊の仏法、また天台の流れを汲んだところの法華経迹門の教えというものは、一切の功徳が失われてしまう。今やその時を迎えたのであるということであります。
「伝教大師云はく『日出でて星隠る』云云」。伝教大師の『天台法華宗伝法偈』という書き物のなかに、「今日出でて星収まり」(伝教大師全集3−458)
という言葉があり、『続高僧伝』巻第十七「(天台大師)智伝」のなかには「今日出でて星収まり、巧みを見て陋きを知る」(大正蔵50ー565C)という言葉が記されております。同様の言葉は、『下山御消息』(御書1156n)『三沢抄』(同1204n)『内房女房御返事』(同1492n)にも引かれており、伝教大師は法華経を日に譬え、爾前経を星に譬えたのでありますが、大聖人様は法華経文底の大法を日に譬え、爾前および法華経迹門(文上の本門を含む)を星に譬えておられると拝されるのであります。
  「遵式の記に云はく『末法の初め西を照らす』等云云」。これは中国の南岳大師が著された『大乗止観法門』という書物に、遵式という方が述べられた「南嶽禅師止観序」という序文が載せられていますが、そのなかに、歳月が遠くなり、行方が分からなくなってしまった『大乗止観法門』の書物を、日本国の円通大師寂照という人が遙々中国にまで持って来られた。それを天竺沙門の遵式が、初めてこれを得て出版し世に広めたという。このことは「大いなるかな斯の法、始め西より伝う、猶月の生ずるがごとし。今復東より返る、猶日の升るがごとし。素影円暉終に我が土に環回するなり」(大正蔵46ー641C)ということを記しているのであります。この言葉は、遵式の『天竺別集』上巻七丁(御書258n)にも載せられています。
  大聖人様は『諌暁八幡抄』の結びの文に、
  「天竺国をば月氏国と申す、仏の出現し給ふべき名なり。扶桑国をば日本国と申す、あに聖人出で給はざらむ。月は西より東に向へり、月氏の仏法、東へ流るべき相なり。日は東より出づ、日本の仏法、月氏へかへるべき瑞相なり」(御書1543n)
とおっしゃっておられます。大聖人様は、末法の御本仏としての大確信に立ち、世界の広宣流布を望んで、今こそ、大聖人様の仏法が、東の日本から西のインドへ還る時であると仰せであります。
  「法已に顕はれぬ。前相先代に超過せり。日蓮粗之を勘ふるに、是時の然らしむる故なり」。その大仏法は、すでに大聖人様の御身を通して、この日本国に顕れたわけであります。それが南無妙法蓮華経の大法であり、日蓮正宗であります。それを表徴する未だかつてない大きな瑞相が現れている。それは正嘉の大地震であり、文永の大彗星であります。日蓮大聖人様が、これらを御覧になって、今まさに南無妙法蓮華経の広まる時であることを確信なされたのであります。
「経に云はく『四導師有り、一を上行と名づく』云云。又云はく『悪世末法の時、能く是の経を持たん者』と。又云はく『若し須弥を接って、他方に擲げ置かん』云云」。法華経の『従地涌出品第十五』には、本化の地涌の菩薩について、「四導師有り、一を上行と名づく」等(法華経410n)と説かれ、また『分別功徳品第十七』には「悪世末法の時、能く是の経を持たん者は」(同461n)と、その無上の功徳を具足することを説かれ、また『見宝塔品第十一』には「若し須弥を接って、他方に擲げ置かんも、亦未だ難しと為ず」(同351n)と、仏滅後の末法において法華経を説くことの方が、かえって至難の業であることを説かれています。まさに、大聖人様は、これらの法華経のお経文を御身をもって実践なされたわけであります。
  「又貴辺に申し付けし一切経の要文、智論の要文、五帖一処に取り集めらるべく候。其の外論釈の要文、散在あるべからず候。又小僧達談義あるべしと仰せらるべく候」。また、あなたに申しつけておいた一切経の要文、『大智度論』の要文、それらの五帖は、散逸しないように一ヵ処に集めて置いてください。そのほかの論文や解釈書の要文も散在しないように大事にして置いてください。また小僧たちは学問談義を怠らず励むようにと、申し伝えてください、ということを富木入道殿に依頼されたわけであります。
  「流罪の事、痛く歎かせ給ふべからず。勧持品に云はく、不軽品に云はく。命限り有り、惜しむべからず。遂に願ふべきは仏国なり云云」。大聖人様が佐渡に御流罪になったということは、すでに覚悟のうえのことであるから、ひどく嘆くには及ばない。もとより仏滅後の悪世末法において、妙法を弘めれば、流罪の難に遭うことは、法華経の『勧持品第十三』に「数数擯出せられん」(法華経378n)と予証されており、また『常不軽菩薩品第二十』には「杖木瓦石を以て之を打擲す」(同501n)と迫害を受けることが説かれているのである。命には限りがある。惜しんではいけない。妙法弘通のために命を捧げ、その功徳によって常寂光の仏国土を築くことこそ、私たちが願うべきことである、ということであります。
  私たちは、来る平成二十一年に『立正安国論』正義顕揚七百五十年の佳節を控えて、一歩も退くことなく、一刻も怠ることなく、大聖人様の御化導に倣って折伏に立ち上がり、妙法広布に挺身しなければならないと深く決意を新たにする次第であります。
  「小僧達少々還し候。此の国の為体、在所の有り様、御問ひ有るべく候。筆端に載せ難く候」。大聖人様に付いて佐渡までお供して来た小僧たちをしばらく帰します。この佐渡の国の様子や配所である塚原の有様をお聞きになってください。筆には書き尽くせません、ということを書き足されて御文を終わっております。
  私たちは、こうした御文を拝するにつけても、大聖人様の佐渡における御苦難を偲び、今こそ、大聖人様の妙法広布のお手伝いをさせていただかなければならないと、強い決意に立つべきであると存ずる次第であります。皆様方には、新しい年と共に、また新たな発心、誓願に立って、いよいよ精進をしていっていただきたいと思う次第であります。以上をもって今日の御書講とさせていただきます。大変、御苦労様でした。(平成18年12月10日 月例報恩御講において)

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