平成19年4月1日発行 高照山 第232号
妙光寺執事  内海雄幸
四条金吾殿御返事(三)
文永9年5月2日  51歳 

 「かゝるいみじくたうとき法華経を、過去にてひざのしたにおきたてまつり、或はあなづりくちひそみ、或は信じ奉らず、或は法華経の法門をならうて一人をも教化し、法命をつぐ人を、悪心をもてとによせかくによせおこづきわらひ、或は後生のつとめなれども、先づ今生かなひければしばらくさしおけなんどと、無量にいひうとめ謗ぜしによて、今生に日蓮種々の大難にあうなり。諸経の頂上たる御経をひきくをき奉る故によりて、現世に又人にさげられ用ひられざるなり。譬喩品に『人にしたしみつくとも、人心にいれて不便とおもふべからず』と説きたり。
 然るに貴辺法華経の行者となり、結句大難にもあひ、日蓮をもたすけ給ふ事、法師品の文に「遣化四衆・比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷」と説き給ふ。此の中の優婆塞とは貴辺の事にあらずんばたれをかさゝむ。すでに法を聞いて信受して逆らはざればなり。不思議なり、不思議なり。
 若し然らば日蓮法華経の法師なる事疑ひなきか。『則如来使』にもにたるらん『行如来事』をも行ずるになりなん。多宝塔中にして二仏並坐の時、上行菩薩に譲り給ひし題目の五字を日蓮粗ひろめ申すなり。此即ち上行菩薩の御使ひか。貴辺又日蓮にしたがひて法華経の行者として諸人にかたり給ふ。是豈流通にあらずや。法華経の信心をとをし給へ。火をきるにやすみぬれば火をえず。強盛の大信力をいだして法華宗の四条金吾・四条金吾と鎌倉中の上下万人、乃至日本国の一切衆生の口にうたはれ給へ。あしき名さえ流す、況んやよき名をや。何に況んや法華経ゆへの名をや。女房にも此の由を云ひふくめて、日月両眼さうのつばさと調ひ給へ。日月あらば冥途あるべきや、両眼あらば三仏の顔貎拝見疑ひなし。さうのつばさあらば寂光の宝刹へ飛ばん事須臾刹那なるべし。委しくは又々申すべく候。    恐惶謹言    五月二日    日蓮花押
 四条金吾殿御返事」(御書598n)

(講義)

 皆さん、こんにちは。3月度の御報恩お講に当たりまして、まるで冬に逆戻りしたかのような気候のなか、大勢の御参集を得まして、宗祖日蓮大聖人様の御報恩の法会が行われたことを住職になり代わりまして、厚く御礼申し上げる次第でございます。まことにありがとうございました。本日は皆様方と共に読経唱題を申し上げ、仏祖三宝尊に対し奉り、謹んで御報恩謝徳申し上げた次第でございます。
  さて、本日の大聖人様御報恩お講の講義は、『四条金吾殿御返事』の第三回目でございます。
  四条金吾さんという方は、鎌倉幕府に仕えるお侍さんであったわけでございますが、当初は臨済宗の建長寺の開山、蘭渓道隆のもとで禅を学んでおりました。やがて、松葉ヶ谷の草庵におられた大聖人様をやり込めてやろうと押しかけたところが、逆に大聖人様から折伏をされて、入信をしたわけでございます。生来、非常に剛直で、一本気な方でございましたので、大聖人様の教えを理解するごとに、その信心に磨きがかかって、真っ直ぐな信心をしていたわけであります。
  四条金吾さんの主君は、北条一門の江馬光時という人でした。大聖人様は、すでに、40歳の時、弘長元年には幕府から伊豆の伊東に流され、また、この御書をお書きになった前年の文永8年には佐渡に流罪になっておられました。したがって、鎌倉幕府からは罪人として扱われていたわけです。そういうような状況のなかで、罪人と目されている日蓮の教えを、北条家の一門に仕えている武士が信心をしていたのですから、当然、主君から睨まれたり、同僚から陰口をされたりというようなことが、たびたびあったようであります。
  そういったことに対して、大聖人様は、非常に細かく、また優しく、また時には強く、四条金吾さんに御注意をなさっておられます。すなわち、四条金吾さんは、非常に一本気な方、すぐ激して腹を立てるような短気な方であったようですから、御書にも、
  「御辺は腹あしき人なれば火の燃ゆるがごとし。一定人にすかされなん」(御書1179n)
  「弟ども且くも身をはなち給ふな。殿は一定腹あしき相かをに顕はれたり。いかに大事と思へども、腹あしき者をば天は守らせ給はぬと知らせ給へ」(御書1171n)
というふうに、大聖人様は諭しておられます。
  また、常日頃から自分の振るまいに気を付けなさいということも、大聖人様から御注意をされております。
  「御さかもり夜は一向に止め給へ。乃至 他人のひるの御さかもりおこたるべからず。酒を離れてねらうひま有るべからず」(御書744n)
  「御よりあひあるべからず。よるは用心きびしく、夜廻りの殿原かたらひて用ひ、常にはよりあはるべし」(御書1162n)
  「吾が家にあらずんば人に寄り合ふ事なかれ。又夜廻りの殿原はひとりもたのもしき事はなけれども、法華経の故に屋敷を取られたる人々なり。常はむつばせ給ふべし。又夜の用心の為と申し、かたがた殿の守りとなるべし。吾が方の人々をば少々の事をばみずきかずあるべし」(御書1179n)
  「上のをヽせなりとも、よに入りて御ともして御所にひさしかるべからず。かへらむには、第一心にふかきえうじんあるべし。乃至 又御をとどどもには常はふびんのよしあるべし。つねにゆぜにざうりのあたいなんど心あるべし。もしやの事のあらむには、かたきはゆるさじ。我がためにいのちをうしなはんずる者ぞかしとをぼして、とがありとも、せうせうの失をばしらぬやうにてあるべし」(御書1198n)
   また、
   「人身は受けがたし、爪の上の土。人身は持ちがたし、草の上の露。百二十まで持ちて名をくたして死せんよりは、生きて一日なりとも名をあげん事こそ大切なれ。中務三郎左衛門尉は主の御ためにも、仏法の御ためにも、世間の心ねもよかりけりよかりけりと、鎌倉の人々の口にうたはれ給へ」(御書1173n)
と、自分自身の振るまいには気を付け、主君のためにも、仏法のためにも、世間の評判においても、名誉ある名を残すようにしなさい、という御指導も頂いております。そうして、一時は非常に困難な立場に立たされたこともありましたが、最後には江馬光時さんの信頼を得て所領も増し、「陰徳あれば陽報あり」(御書1390n)と言われているわけであります。
  主君の江馬光時という方も非常に微妙な立場の人でありまして、北条家には得宗家という代々幕府の執権職を継承する家柄と、そうでない家柄があったわけです。江馬光時さんは北条泰時の弟の朝時(名越家の祖)の子で、得宗家に対しては常に対抗意識を持っており、北条時頼が執権になった直後の寛元4年5月には、得宗家の転覆を企てて、伊豆の江馬宅に配流になったこともありました。また、この御書が書かれた3月ほど前の文永9年2月には、京都六波羅探題南方の北条時輔(執権北条時宗の腹違いの兄)が首謀者となって起こした謀反、いわゆる霜月騒動(自界叛逆の難)の時、弟の名越教時、時幸の子の公時なども時輔に加担したので、この陰謀を知った執権時宗は、京都にいる同族の義宗に命じて時輔を討たしめ、同時に鎌倉の一味を捕えました。その際、江馬光時も、それに与同したとの嫌疑を掛けられ、自刃することになり、伊豆の領地にいた四条金吾さんは、愛馬で箱根を越え鎌倉に馳せつけ、主君江馬光時に殉死すべき八人衆の中に加わりましたが、やがて光時の容疑は晴れました(御書1134n)。そういうことで、江馬光時は一時は大変まずい立場に立たされていたわけであります。
また、江馬光時さんが病気だった時に、医術の心得のあった四条金吾さんが、治療をしています。(御書1162n)。そういうこともあって、最終的に信頼を得るようになりましたが、これらはすべて大聖人様の御指南と、御本尊様に対する信仰とによって、四条金吾さんの命が磨かれていった結果であると考えられます。どうか、そういったことを踏まえたうえで、『四条金吾殿御返事』の第三回目(最後)の御文を拝読申し上げたいと思います。
  それでは御文に入ってまいりますが、
  「かゝるいみじくたうとき法華経を、過去にてひざのしたにおきたてまつり、或はあなづりくちひそみ、或は信じ奉らず、或は法華経の法門をならうて一人をも教化し、法命をつぐ人を、悪心をもてとによせかくによせおこづきわらひ、或は後生のつとめなれども、先づ今生かなひければしばらくさしおけなんどと、無量にいひうとめ謗ぜしによて、今生に日蓮種々の大難にあうなり」。このような非常に尊い法華経、これは、前の御文におきまして、法華経の『方便品』には「諸仏智慧甚深無量」ということが説かれていて、その「智慧」とは諸法実相の法体を指しており、その法体とは南無妙法蓮華経である。その仏様の悟られたところの法体、南無妙法蓮華経を唱えるところが「煩悩即菩提・生死即涅槃」であると説かれています。「煩悩即菩提」ということは、人間が持っているところの煩悩、つまり悩みとか宿業とか苦しみというものを、そのままの形で、菩提、つまり仏様の悟りへと転じていくことができるということです。それには一つ条件がありまして、信心の対象とする仏様に絶大の力がないと、そういうことができないのです。大日如来とか阿弥陀如来とか薬師如来とか、そういう仮の仏様に一生懸命、手を合わせても、煩悩即菩提の功徳は得られない。ところが法華経の御本尊、十界互具の御本尊様を一生懸命信仰して、南無妙法蓮華経と唱えることによって、そういった功徳が得られる、ということが説かれているわけです。それからもう一つは、法華経寿量品の『自我偈』の一番最後に「毎自作是念以何令衆生 得入無上道速成就仏身(毎に自ら是の念を作す。何を以てか無上道に入り、速やかに仏身を成就することを得せしめんと)」という御文があります。これは、仏様が常日頃から我々衆生をどうやったら無上道、すなわち成仏の道へ導き入れることができるかということを、ずうっと考えていますよ、ということで『自我偈』が締め括られているわけであります。
  そういったことが説かれている尊い法華経を、過去において膝の下に置いたり、あるいは蔑り、苦々しく思って口を歪めたり、あるいは信じなかったり、あるいは法華経の教えを学んで一人でも教化し、法の命を継ごうとする人、法華経の行者を、悪意をもって、なにかにつけて馬鹿にし嘲笑したりした。あるいは後生、未来世のためには努めなければならないけれども、先ず今生では叶い難いことなので、しばらくは止めて置けなどと、数え切れないほど悪口を言って誹謗した罪によって、今生には日蓮は数々の大難に遭うのであると仰せであります。
  法華経の『法師品』に、
  「此の法華経、最も為れ難信難解なり」(法華経325n)
と説かれておりますように、法華経は非常に難信難解の教えであります。信ずることも難しく、理解することも難しい教えだから、今世にやらないで、来世に先送りしなさいと言って、全くやる気がない。本当の信心をもって法華経を崇めようとしない。
  ところが、当の法華経には、
  「以信得入(信を以て入ることを得たり)」(法華経175n)
というお言葉がありまして、この法華経は信心をもって入っていかなければ成仏できないということが明確に説かれております。それを邪魔したりするということなど、数え切れないほど悪口を言って、法華経を嫌ってきた。大聖人様は、過去世にこういう法華経に対する誹謗を行ったために、今世に大難に遭うのであるということであります。
  「諸経の頂上たる御経をひきくをき奉る故によりて、現世に又人にさげられ用ひられざるなり。譬喩品に『人にしたしみつくとも、人心にいれて不便とおもふべからず』と説きたり」。八万法蔵と言われる釈尊が説いたあらゆる経典のなかで、最も上にある法華経を低く置いてしまった罪の報いによって、現世に人から卑しめられて用いられないのであるということです。
  ここで疑問が一つ湧くはずでございます。日蓮大聖人様は仏様ではないですか。仏様がどうして過去世において罪業を積むなどということがあるのですか。こういう疑問というのはだれでもあろうかと思います。日蓮正宗以外の日蓮宗などでは、大聖人様は、お釈迦さんの使いとして、末法において法華経を説いた人と言うに過ぎないわけでありますが、大聖人様の御本意を受け継ぐ我が日蓮正宗では、末法の御本仏と称し奉るわけであります。本当の仏様というのは、例えば奈良の東大寺や鎌倉の大仏のように、どこかにデンと座って、ただ人びとの生活を高い所から見ている、そういうのが仏様ではありません。仏様というのは、あくまでも十界互具の仏様でなければいけない。すなわち、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上・声聞・縁覚・菩薩・仏という十界のそれぞれにまた十界が具わっているというのが実相ですから、仏様の命のなかにも地獄・餓鬼・畜生・修羅等の命があるわけです。そこには、仏界即九界と、九界即仏界という立て分けがあるのです。大聖人様は仏界のなかに九界を具えている方でありますし、我々は九界のなかに仏界を具えているわけであります。ですから仏界がなかなか表に現れてこないで、日常的に地獄から天上までの六道輪廻を繰り返しているのが普通の人間であります。ところが末法の御本仏たる大聖人様はそうではありませんが、三悪道・四悪趣という六道の命を持っておられる。持っているということは当然宿業を感じて知るということであります。そういった立場から大聖人様は、このようにおっしゃっておられるわけであります。
  法華経の『譬喩品第三』に「人に親附すと雖も 人意に在かじ」(法華経178n)と説かれております。つまり、他人に親しみ付き合っていこうとしても、他人は一向に心に掛けず、不便とも思わない、ということであります。当時、大聖人様は鎌倉幕府に楯突く罪人と思われていました。罪人でありますから、当然、大聖人様が末法の御本仏だということを知らない人たちは、賎しみ馬鹿にするわけです。そういうことも全部、自分の宿業だと仰せであります。
  「然るに貴辺法華経の行者となり、結句大難にもあひ、日蓮をもたすけ給ふ事、法師品の文に『遣化四衆・比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷』と説き給ふ。此の中の優婆塞とは貴辺の事にあらずんばたれをかさゝむ。すでに法を聞いて信受して逆らはざればなり。不思議なり、不思議なり」。それなのにあなたは法華経の行者となり、ついに大難にも値い、日蓮をも助けたことは、法華経の『法師品第十』に「化の比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷を遣して、其の説法を聴かしめん」(法華経330n)と説かれていますが、この四衆のなかの優婆塞(俗人の男性)とは、あなたのことでなければ他の誰のことを指すのであろうか。すでに私の法を聞き、法を信受し、法に逆らわないからである。不思議である、不思議である、と仰せられて、法華経のなかに、すでにあなたのような方の出現が予言されているということをお示しになっておられます。
  「若し然らば日蓮法華経の法師なる事疑ひなきか。『則如来使』にもにたるらん『行如来事』をも行ずるになりなん。多宝塔中にして二仏並坐の時、上行菩薩に譲り給ひし題目の五字を日蓮粗ひろめ申すなり。此即ち上行菩薩の御使ひか。貴辺又日蓮にしたがひて法華経の行者として諸人にかたり給ふ。是豈流通にあらずや」。もしそうであるならば、日蓮は法華経の法師であることは疑いのないことである。『法師品第十』には「我が滅度の後、能く竊に一人の為にも、法華経の、乃至一句を説かん。当に知るべし、是の人は則ち如来の使なり。如来の所遣として、如来の事を行ずるなり。何に況んや、大衆の中に於て、広く人の為に説かんをや」(法華経321n)とあるが、あなたは、この経文の「則ち如来の使」という言葉に似て、「如来の事を行ずるなり」ということにも相当している。
  そうして、法華経の『見宝塔品第十一』においては、釈尊の説く法華経が真実の教えであるということを証明するために、多宝如来が遙々東方の宝浄世界から来て、多宝塔を涌現して、その虚空の塔中に釈迦如来と多宝如来の二仏が並んで座られた。その虚空会におけるお説法の『如来寿量品第十六』の文底に、法体の南無妙法蓮華経が秘沈されているのでありますが、その法体を『神力品第二十一』において、四句の要法に括られて上行菩薩に付嘱されたた。こうして、末法に出現した日蓮が、その南無妙法蓮華経の大法をおおかた弘めてきたのである。これは、すなわち上行菩薩の使いではなかろうか。あなたは、また日蓮に従い、法華経の行者として多くの人を教化してきた。これがどうして流通でないのか。
  「法華経の信心をとをし給へ。火をきるにやすみぬれば火をえず。強盛の大信力をいだして法華宗の四条金吾・四条金吾と鎌倉中の上下万人、乃至日本国の一切衆生の口にうたはれ給へ。あしき名さえ流す、況んやよき名をや。何に況んや法華経ゆへの名をや。女房にも此の由を云ひふくめて、日月両眼さうのつばさと調ひ給へ。日月あらば冥途あるべきや、両眼あらば三仏の顔貎拝見疑ひなし。さうのつばさあらば寂光の宝刹へ飛ばん事須臾刹那なるべし。委しくは又々申すべく候。恐惶謹言」。法華経の信心を貫き通しなさい。火を起こそうとしても、休んでしまえば火を得ることが出来ないのである。
  強盛な大信力をおこし、法華宗の四条金吾、四条金吾と鎌倉中の上下万民、或は日本国の一切衆生の口から謳われなさい。悪人の名前は弘まらない。ましてや善人の名前は尚更である。ましてや法華経を弘通する人の名前は更に難しいのである。妻にもこのことを伝え、月と日のように、眼が二つ有るように、左右の翼のように、妻とそろって法華経の信心を貫き通しなさい。日月があれば冥途、暗い世界もなく、両眼があれば釈迦・多宝・十方分身の三仏の顔貌を拝見出来ることは疑いがない。左右の翼があれば常寂光土へ飛ぶことは一瞬である。委しくは後に申します。恐惶謹言。という言葉で結ばれているわけでございます。
  この『四条金吾殿御返事』の結論といたしましては、我々が目的とする即身成仏を成し遂げる教えとはなにか。それは御本尊様に向かって唱える南無妙法蓮華経のお題目を、自行化他にわたって行じていく。そのことによって、必ず私たち衆生の煩悩や業や苦しみのすべてを、そのまま菩提、仏様の悟りの姿に転換していくという即身成仏の境涯を自分の人生に現していくことができる。そのためには倦まず弛まずに正しい道を持ち続けなければならないということであります。世間におきましても「持続は力なり」ということを申します。大聖人様の教えにおいても、
  「受くるはやすく、持つはかたし。さる間成仏は持つにあり」(御書775n)
とおっしゃっておられます。5年後、10年後であろうと、あるいは命を終わる時であろうと、来世であろうとも、自分は必ず、この大聖人様の教えを持っているに違いないと意を決して、信心をするという姿こそが、まさに「成仏は持つにあり」という姿ではなかろうかと思うわけでございます。そういうことを通して、大聖人様は私たちを励ましてくださっていることを忘れずに、夫婦、家族、一族と、さらに講中の人びとが異体同心となって信心をしていくことの大切さを、この御書において、お説きになっておられるのではないかと拝察申し上げる次第でございます。どうか、この『四条金吾殿御返事』の御文を拝して、折伏弘教の尊い励みとして、本年を思い出深い「行動の年」としていっていただきたいということを申し上げ、本日の講義に代えさせていただく次第でございます。本日はお寒いなかの御参詣、まことに御苦労様でございました。(平成19年3月11日 月例御報恩お講において)

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