平成19年6月1日発行 高照山 第234号
妙光寺住職  尾林 日至

宗旨建立会の意義

  宗旨建立会とは、末法の御本仏日蓮大聖人様が南無妙法蓮華経の一大法の宗旨を建立し、立宗を宣言あそばされた建長5年(1153)4月28日を記念して御報恩申し上げる法要であります。
  しかし、一番大事なことは、この大聖人様の宗旨は、いつ、どのような形で大聖人様が御内証の法体として確立されたかということが大事であります。それは大聖人様が久遠元初の仏様として、根源の大法としての南無妙法蓮華経をお悟りになり、その法体を末法に所持されて、貞応元年(1222)2月16日に御誕生になって、この宗旨を建立あそばされたということであります。大聖人様の建立された宗旨は、久遠元初の本門の題目・本門の本尊・本門の戒壇の三大秘法であり、その根源の法体は、今、日蓮正宗総本山大石寺に本門戒壇の大御本尊として在すのであります。したがって、大日蓮華山、富士山の麓の大石寺を離れて、三大秘法は何処にもないということを確信していただきたいと思います。
  そして、大聖人様は建長5年3月28日に、その御内証を内示され、確立あそばされました。このことは、大聖人様の御書(951n・1188n・1732n)、日興上人の『安国論問答』、日道上人の『御伝土代』等々によっても明かであります。過日、宗旨建立750年の時に、日顕上人猊下は3月28日に宗旨建立の御内証確立の法要を奉修あそばされて、それ以来、今日に至っております。御内証をきちっと定められるということほど大事なことはないのであります。大聖人様は、久遠元初の仏様としての御内証を、末法の今日、一切衆生を救済する仏様として確立あそばされる。そのことによって、はじめて日蓮正宗の宗旨が確立されたのであります。
  そうして、建長5年4月28日からは、いよいよ大衆に向かって、折伏弘通を始められ、宗旨の開示をなさったのであります。このように宗旨建立会ということは非常に大事な意義を持っております。
  その大意を申し上げますならば、一つには、釈尊が法華経において、妙法蓮華経の五字は必ず広宣流布すると、予証あそばされました。その予証を末法の仏様として確かに具現あそばされるというところに宗旨建立の意義があります。もう一つは、法華経の『神力品』において、末法の流布のために付嘱をされたということ、つまり、妙法蓮華経の五字を上行等の上首の四菩薩に対して相伝するという意義が述べられています。その相伝に基づいて、末法に妙法を所持あそばされて出現された本化上行菩薩という立場において、大聖人様が宗旨を建立されるという意義があります。
  また、大聖人様は、正しい宗旨をどうやって判断するかというときに、教・機・時・国・教法流布の前後という五綱をもって判断しなければならないということをおっしゃっておられますが、大聖人様の宗旨は、その五綱のうえからも完全に適合した宗旨であり、また法華経という文証のきちっとした裏付けがあって、末法の一切衆生を万代に亘って救うことができる。しかも、末法において、必ず広宣流布を実現するところの大法であります。
  大聖人様は『諌暁八幡抄』に、
  「今日蓮は去ぬる建長五年癸丑四月廿八日より、今 弘安三年太歳庚辰十二月にいたるまで二十八年が間 又他事なし。只妙法蓮華経の七字五字を日本国の一切衆生の口に入れんとはげむ計りなり。此即ち母の赤子の口に乳を入れんとはげむ慈悲なり」(御書1539n)
と仰せられて、この大慈大悲をもって、宗旨を建立あそばされた次第であります。
  大聖人様は御年16歳の時、房州(千葉県)清澄寺において道善房を師として出家得度されました。以来、久遠の本仏の再誕として持って生まれられた御仏智に加えて、京都・奈良・比叡山・園城寺・高野山・難波(大阪)の四天王寺など、全国の由緒寺院を十数年に亘って一切経等の典籍を求めて遊学研鑚し、一切の仏法の奥底を具さに究められました。そして一切衆生の不幸の根源は、仏の本意に背く時代に不相応な低劣な邪法を信仰する結果であることをつきとめられました。大聖人様は、「念仏無間・禅天魔・真言亡国・律国賊」(御書1724n)と仰せられたように、この四つの宗旨をはじめとする一切の邪法邪義が、千年・二千年という長きに亘って衆生の心を惑わし、生活を不幸にし、国土世間を乱し、あらゆる天変地夭・飢饉疫癘の基となり、一切の社会の混乱の大本は、これらの邪法邪義にあるということを究められました。あたかも尊い法のように見せかけて、一切衆生を迷わせるところに、邪宗教の恐ろしさがあるわけであります。
大聖人様は、末法万年の時代を救うべき道は唯一つ、法華経『寿量品』の奥底に秘し沈められた妙法蓮華経の大法を宗旨として建立し、この大法を弘通するより以外にはないということを確信されました。それがまた釈尊や天台・伝教の予証と本意にかなう唯一の道でもありました。釈尊は法華経の『神力品』に、妙法の大法が仏滅後二千年を経た後の五百歳に広宣流布することを説き、天台も伝教もそのことを知っておりました。しかし、自分たちは付嘱を受けておらず、また、その時ではないという理由をもって、南無妙法蓮華経の大法を広めることはなく、大聖人様の時代の到来をお待ちになったわけであります。
  なかんずく先ず法華経の最重要事である本化地涌上行への相伝の御立場を自解された大聖人様は、末法における法華経の行者として、末法万年の一切の人々を暗黒の業苦から救いきってみせるとの大慈悲に立って、此処に立宗を決意されたのです。しかも宣言の場所を東土日本の中心という意味からも、また父母の恩、師の道善房に対する報恩の意味をもこめて、清澄寺に定められ、幼少の頃日本第一の智者になし給えと祈られた虚空蔵菩薩への功徳の回向をも皆共に成就せられたのでした。
  建長5年4月28日の未明、御年32歳の大聖人様は、ひとり清澄山上旭ケ森に立ち、太平洋上の彼方、遠く水平線上に今まさに昇り来る朝日に向かって起立合掌され、「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」と朗々たる、厳粛な、そしてまた熱誠の込められた雄渾な響きを持った題目の第一声を唱え出だされたのであります。
  この題目は釈尊の仏法でもない、法華経の題号の題目でもない、大聖人御自身の胸中に具え給う久遠元初の御悟りに基づく題目であって太陽を始めとする大宇宙の法界に向かって、つまり衆生世間、国土世間、五蘊世間の一切の森羅万象のみならず、生きとし生けるものの一切の仏性を根本から揺り動かす大音声をもって開宗の宣言をせられたのであります。
  この題目こそ今まで誰人も唱え出すことのなかった自行化他にわたる妙法蓮華経の一大光明であります。
  やがて同日午の刻(正午)、清澄寺の諸仏坊の持仏堂において師の道善房、地頭の東条景信を始め、多くの僧俗を目前に身命を賭して堂々と折伏の第一声を開始され、念仏を無間堕地獄と破し、禅は天魔の所為、真言は亡国の根源と喝破されました。また末法の衆生を救うことができるのは今初めて日蓮によって開宣せられる南無妙法蓮華経の大法以外にはなく、早く禅・念仏・真言・律等の邪法を捨ててこの妙法を信受すべきであると勧められたのでした。
  このような未だかつて聞いたことのない法華経を第一とする説法に対し、師の道善房も、父母も、僧俗の全ての大衆が驚きました。中でも謗法の執着の強い地頭東条景信はたちまち怨嫉誹謗の徒となり怒りに狂い、大聖人様は即刻逐われる身となられました。
  しかしこうした法華誹謗の輩もまた、逆縁の功徳によって必ず成仏の道が開かれるのであり、大聖人様の仏法は信謗の如何を問わず、一切の民衆のみならず宇宙法界に妙法を下種された所に、立宗宣言の究極の意義があったと言えましょう。
  宗旨建立会は、このような法界の全体を導かんとされる大聖人様の大慈大悲に対し御報恩申し上げる儀式であって、この儀式に際し私達は不退転の弘通と正法広布を誓願なされた大聖人様の御心を拝し奉り、いよいよ信心を強盛に死身弘法の決意を新たにすべきであります。
今や日蓮正宗は世界の広宣流布を目指して立ち上がっております。いよいよ来るべき平成21年『立正安国論』正義顕揚750年の「地涌倍増と大結集」という目標も、本宗の全国の寺院において徹底されております。私達も大聖人様の宗旨建立の意義を深く拝承して、一日も疎かにできない広布への精進を新たに展開してまいりたいと念願する次第でございます。皆様方の御健勝と、いよいよの御精進をお祈り申し上げまして、今日の立宗会のお説法に代えさせていただく次第でございます。本日は大変、御苦労様でした。
(平成19年4月28日 宗旨建立会において)



戻る