平成19年7月1日発行 高照山 第235号
妙光寺執事 内海 雄幸 

当日奉掲・披露の主な御霊宝について

 日蓮大聖人様が御図顕あそばされた御本尊のお形木御本尊様で、脇書に「弘安三年太歳庚辰五月九日 比丘日禅授与之」、裏書に「宗祖日蓮大聖人御真筆大曼荼羅(法道院什宝) 贈法道院再建落慶入仏式特志功労 昭和拾年拾月拾弐日奉謹書写之」とございます。この御本尊の御真筆は、現在、総本山大石寺に厳護されており、本日は妙光寺支部の松島忠正さんがお護りしている、そのお形木御本尊様を奉掲いたしました。
  大聖人様の『南条兵衛七郎殿御書』(御書321n)の第2紙13行の御真蹟で、行間に日興上人の御筆で『唱法華題目抄』の一部分が書かれております。現在妙光寺支部の由井一男さんがお護りしております。
  当妙光寺には、総本山第26世日寛上人が、享保3年(1718)9月16日に、加賀の御信徒、福原式治という方に与えられたお手紙の御真蹟がございます。この年の半年ほど前の3月に、第25世日宥上人は日寛上人に御法主の座をお譲りになっておられます。このお手紙には「かならず宗教の五箇、宗旨の三箇を心中におさめて一切の法門を申出べし」「我も信じて南無妙法蓮華経と唱、人をも勧て南無妙法蓮華経ととなへしめんは今生人界の思ひ出なるべし」「貴殿両三年の間に一百人余の御教化の事○本尊等願においては申遣べし」等とお書きになっております。
  日寛上人のお手紙の裏面に、総本山第34世日真上人が、まだ細草檀林で御勉学中で、完孝日賢と称されていた元文3年(1738)7月5日に、上総の細草から安房の小湊を経て、江戸下谷の常在寺に至るまでの道中記を書かれた御真蹟が一緒に表装されております。(平成19年5月20日 御霊宝虫払会において)

 妙光寺御霊宝虫払会において披露された総本山第26世日寛上人の御親書
 加賀国金沢の信徒、福原式治殿に与えられた御返事 最後の部分の解読
さて御貴殿両三年の間に一百人余の御教化の事、今度、田屋氏物語旁々具さに承知せしめ候、千万不思議の御事候、夫れに就いて本尊等願いの御事之れ有るにおいては遠慮なく申し遣はすべし、其の故は寺もなく候えば、たとへ授戒候とも本尊なくば別して力も有るまじく候、されば、われら事はよくかき候事に候、本より麁筆叶はざる事候えども、いかやうにも書写進らせ候べし、先師、三門御普請を以て御遠行の事候、格別の事に候、貴殿よりも御初尾、目録の通並びに講中より も御初尾相届き候、よろしく御伝へ給はるべく候、貴殿未来曼荼羅の事、宥師にと申し候へども昨日江戸より 御帰山、時に風気、手前よりと有る事候条、相認め之れを遣はし候、但し日号の分之れを余し候、或は御教化、或は自行、弥々御重功の上、かならず日号まいらせ候べし、何事も田屋氏物語候べく候間、略せしめ候、恐々謹言
  九月十六日         大石寺 日 寛 花押
福原式治殿御返事

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