平成19年9月1日発行 高照山 第237号
妙光寺住職  尾林 日至

盂蘭盆会の意義

 皆様こんにちは。本日、妙光寺におきまして、7月の盂蘭盆会を奉修申し上げましたところ、総代、講頭各位、また講員の皆様方には、この雨天のなかを、また台風の予断の許さないなかを御参詣いただきまして、心から厚く御礼申し上げる次第でございます。大変、御苦労様でした。昨夜来、お天気の方もどうなるものかと大変、心配いたしましたが、皆様方の参詣には支障のないように、諸天が守ってくださったものと思う次第でございます。しかし、海の方へそれたと申しましても、まだ雨は激しく降るおそれがございます。どうかお気を付けてお帰りくだされば幸いと存ずる次第でございます。
  盂蘭盆会の行事につきましては、すでに皆様方も御承知とは思いますが、大聖人様の御書のなかにも『盂蘭盆御書』という御書がございます。
  そのなかに、釈尊がお説きになった『盂蘭盆経』というお経が紹介されております。インドのお釈迦様に
は十大弟子と言われた非常に高邁な立派なお弟子さんが十人おられました。そのうちの一人、舎利弗尊者は智慧第一と言われた方でありますが、この方と並んで、目連尊者という方は神通第一と言われておりまして、通力の非常に勝れた方であったようであります。
  その目連尊者が自分の修行した通力をもって、亡くなった自分のお母さんが今どういう境涯にいるかということで、法界を見渡したところ、お母さんは、餓鬼界のなかに生まれておりまして、何とも哀れな痩せ細った身体で、皮と骨ばかりになり、何にも飲んだり食べたりすることができませんでした。
  そこで目連尊者はお母さんを救おうとして、すぐさま鉢に飯を盛り、母の許に行って差し上げましたところ、母は飯を盛った鉢を左手で塞いで、右手で飯を握って、食べようとしましたが、まだ口に入らないうちに、火と化して炭になってしまい、遂に食べることができませんでした。
  目連尊者は悲しみに大声をあげて泣き叫び、仏様の許に馳せ帰って、このことを具に申し上げました。すると仏様は、お前の母は罪の根が深いから、お前一人の力ではどうすることもできない。天神地神などでもどうすることもできない。まさに十方の衆僧の威神力によって罪障を取り除かなければならない。だから七月十五日の僧の自恣の時(雨期に外出せず反省と学習を行う安居の最後の日)に、世の甘美を尽くした食べ物を盆器に盛って、十方の衆僧に供養しなさい、と言われたので、目連尊者はその教えの通りに行ったところ、母は餓鬼の苦しみから脱することができたということが、『盂蘭盆経』(大正蔵16ー779)に説かれているのであります。
  「盂蘭盆」とは、梵語(サンスクリツト語)のウランバナの音写で、倒懸(逆さ吊り)のような苦しみを救うという意味であります。
  このことは、いったい何を表しているかと申しますと、正しい孝養というものは、正しい教えによって、はじめてなされるものであって、神通第一と言われた目連尊者といえども、何でも食べ物をあげればいいんだと、早速、実行してみたところが、逆に益々、母を苦しめることになってしまったというのであります。やはり、目連尊者自身が成仏して、仏の境界にならなくては、父母を救うこともできないわけであります。 目連尊者はお釈迦様の教えに従って、後に小乗の二百五十戒という戒律を捨て、爾前権教の教えを捨てて、法華経を信じ、南無妙法蓮華経と唱えて、自ら多摩羅跋栴檀香仏となって、お父さんの吉懺師子も、お母さんの青提女も仏界を現じたということであります。
  目連尊者の身も心も全部、父母が遺してくれたものであります。目連尊者の心身が仏になったから、父母の身もまた仏になったわけであります。
  釈尊は、四十二年間、方便の教えを説いて、衆生の機根を調えられた後、最後の八年間に、本懐の法華経をお説きになりました。この法華経において、八歳の竜女の成仏を説いて、一切の女人成仏が明かされています。また、悪人の成仏は提婆達多の成仏を通して証明しておられます。また、声聞、縁覚という二乗の成仏も、舎利弗、迦葉、目連等の成仏をもって顕されました。このように、十界の衆生の成仏を法華経において、全部、証明されたのであります。
  父母を救い、先祖を救い、一切衆生を救う道は、法華経によって、南無妙法蓮華経のお題目を唱える以外にはないということを教えるのが、盂蘭盆の本当の意義であります。
  今、真言のお寺でも、念仏のお寺でも、禅宗のお寺でも、その他、天台宗、法相宗等々のお寺でも、盂蘭盆の法要が年中行事の一つとして行われておりますが、そういう間違った宗旨で行う供養は、かえって更に更に不幸な境涯に堕としているのであるということを知らなければなりません。
  本当の成仏、本当の孝養、本当の盂蘭盆の意義は、我が日蓮正宗の一閻浮提第一の大聖人様の御本尊のもとに、お題目の功徳をもって回向してあげる。それ以外に先祖代々の諸精霊が成仏する道はありません。
  五重の宝塔は地水火風空の五大を表しておりまして、我々人間の身体も、またこの五大、すなわち妙法蓮華経の五字によって構成されているのであります。したがって、亡くなった方の生命を五重の宝塔に建立する。一本のお塔婆は、その五重塔の意味があるのであります。塔婆一本といえども、その功徳は甚大であります。法界のどんな人であろうと、正法正師の正義によって、妙法蓮華経と認められた塔婆の供養によって、成仏するのであります。それ以外に追善供養の道はないのであります。したがって、皆様方は、先祖代々の一切の精霊を本当に救う尊い信心をなさっている。一生涯を通して、まことに有り難い信心修行をなさっているのだということを誇りとし、確信を持って、今後とも日蓮正宗の信徒として、日蓮大聖人様の弟子としての信心を生涯に亘って貫いていただきたいと思うのであります。いかに正しい御本尊様があっても、自分の信心がぐらついていては何にもなりません。大聖人様のお目に叶う確信がなければ物事は成就しないのであります。大聖人様の御義に叶い、御照覧を賜る信心を、誠心誠意、貫いていくところに値打ちがあるのだということを知っていただきたいと思う次第であります。どうぞ、よろしくお願いいたします。
(平成19年7月15日 盂蘭盆会法要において)


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