平成19年12月1日発行 高照山 第240号
四条金吾殿女房御返事 (二)
文永12年1月27日 54歳

 「仏法のみならず外典にも栄啓期と申せし者三楽をうたいし中に、無女楽と申して天地の中に女人と生まれざる事を楽とこそたてられて候へ。わざわいは三女よりをこれりと定められて候に、此の法華経計りに、此の経を持つ女人は一切の女人にすぎたるのみならず、一切の男子にこえたりとみへて候。せんずるところは一切の人にそしられて候よりも、女人の御ためには、いとをしとをもわしき男に、ふびんとをもわれたらんにはすぎじ。一切の人はにくまばにくめ、釈迦仏・多宝仏・十方の諸仏乃至梵王・帝釈・日月等にだにも、ふびんとをもわれまいらせなば、なにくるし。法華経にだにもほめられたてまつりなば、なにかたつまじかるべき。
  今三十三の御やくとて、御ふせをくりたびて候へば、釈迦仏・法華経・日天の御まえに申しあげ候ひぬ。人の身には左右の肩あり。このかたに二つの神をはします。一をば同名神、二をば同生神と申す。此の二つの神は梵天・帝釈・日月の人をまぼらせんがために、母の腹の内に入りしよりこのかた一生ををわるまで、影のごとく眼のごとくつき随ひて候が、人の悪をつくり善をなしなむどし候をば、つゆちりばかりものこさず、天にうたへまいらせ候なるぞ」(御書756n)

(内海雄幸師の講義)
 本日は、先月の御書講に引き続きまして、『四条金吾殿女房御返事』の第2回目の講義をさせていただきます。では早速、御文に入りますと、
「仏法のみならず外典にも栄啓期と申せし者三楽をうたいし中に、無女楽と申して天地の中に女人と生まれざる事を楽とこそたてられて候へ。わざわいは三女よりをこれりと定められて候に、此の法華経計りに、此の経を持つ女人は一切の女人にすぎたるのみならず、一切の男子にこえたりとみへて候」。仏法のみならず中国の外典にも栄啓期という人が三つの楽しみを謳った中に無女楽と言って、天地の中で女人と生まれなかった事を一つの楽しみとして挙げられている。また禍は三女より起こったと言って定められているが、此の法華経ばかりに、此の法華経を持つ女人は一切の女人に勝れるのみならず、一切の男子にも勝れているとみえている。
  前回拝読の御文において、釈尊が法華経以前に説かれた諸経には、女人は大蛇のようだとかと、女の人を悪く言ったお経が数々あるということでありました。ところが中国の古典のなかにも、やはり女人を低く見て卑しんでいるということがあります。例えば『列子』(巻第一「天瑞篇」)には、孔子が太山に遊んだとき、栄啓期という人が野を行き、鹿の皮衣を着て、楽器を打ち鳴らし、歌っているのを見て、孔子が「先生が楽しんでいる所以は何ですか」と問うた。すると「私は楽しみが甚だ多い。自然界の万物のなかで唯、人間が貴いが、私は人となることができた。これが一つ目の楽しみである。男女の別があり、男尊女卑であるから、男をもって貴しとする。私は既に男となることができた。これが二つ目の楽しみである。人生いつ死ぬか分からぬ。赤ん坊でも免れないのに、私はすでに九十歳になった。これが三つめの楽しみである」と答えたということが記されています。この栄啓期の三楽のうちにも、「無女楽」といって、女に生まれなかったことを楽しみとされているのであります。
「わざわいは三女よりをこれり」というのは、『秘蔵宝鑰』巻第中に「周末に絶廃し、秦嗣の旱亡せるは、並びに皆禍三女より起こり、運天命に従う」(大正蔵77−368A)ということが述べられています。つまり、「姐己・妹喜・褒似の三女が三王を誑かして代を失ひしが如し」(御書1449n)とあるように、中国古代の夏の桀王や殷の紂王や西周の幽王が滅びたのは、姐己等の悪女が原因であったということが『史記』巻四十九などに書かれているのであります。
ところが、この法華経ばかりに、この法華経を持つ女人は一切の女人に勝れているだけではなく、一切の男子にも勝れているということが、前回も申しましたように『薬王品』に説かれているのであります。
  「せんずるところは一切の人にそしられて候よりも、女人の御ためには、いとをしとをもわしき男に、ふびんとをもわれたらんにはすぎじ。一切の人はにくまばにくめ、釈迦仏・多宝仏・十方の諸仏乃至梵王・帝釈・日月等にだにも、ふびんとをもわれまいらせなば、なにくるし。法華経にだにもほめられたてまつりなば、なにかたつまじかるべき」。所詮一切の人に謗られるよりも、女人のためには、愛おしいと思う男より不敏と思われる本望に過ぎるものはない。一切の人々が如何に憎もうとも憎まば憎め、釈尊、多宝如来、十方の諸仏を始め大梵天王、帝釈天王、日月天等から不敏と思われたならば本懐であり、何の苦しい事があろうか。法華経にさえ讃られたならば何の不足があろうか。
ここの末文に「なにかたつまじかるべき」とありますが、名古屋市の大光寺所蔵の大聖人様の御真蹟第九紙(日蓮聖人真蹟集成第四巻140n)を拝見いたしますと、明白にその通りでありまして、『平成新編御書』『平成校定御書』では、正確にその通り記されております。この文の意味は、法華経にさえ褒められたならば、どうして、それがはっきり現れないようにすべきであろうか。否、素直に喜ぶのが当然であるということであります。『縮刷遺文録』『昭和定本遺文』『創価学会版御書全集』『昭和新定御書』等では、「なにかくるしかるべき」となっていますが、これらは皆、間違っています。
  「今三十三の御やくとて、御ふせをくりたびて候へば、釈迦仏・法華経・日天の御まえに申しあげ候ひぬ。人の身には左右の肩あり。このかたに二つの神をはします。一をば同名神、二をば同生神と申す。此の二つの神は梵天・帝釈・日月の人をまぼらせんがために、母の腹の内に入りしよりこのかた一生ををわるまで、影のごとく眼のごとくつき随ひて候が、人の悪をつくり善をなしなむどし候をば、つゆちりばかりものこさず、天にうたへまいらせ候なるぞ」。今年は三十三の厄年であるとて、御布施の品々を送られたので、その志を釈迦仏、法華経並びに日天等に申し上げました。人の身には左右の肩があり、此の肩に左右の神が御座します。一をば同名神、二をば同生神と申します。此の二つの神は大梵天王、帝釈天王、日月天が人を護らせんがために、母の腹の胎内に宿った時より已来一生を終えるまで影の如く眼の如く、付き従って、人の善悪等を露ほども残さず、諸天に訴え報告するのである。
  この御書が認められた文永12年に、四条金吾さんの奥さんは33歳の厄年に当たっていました。そこで、大聖人様の許へ御供養の品々を送られましたので、大聖人様は厄払いの御祈念をいたしましたということであります。
  女性の場合は厄年として、数え年で19歳、33歳、37歳と言われております。これは、成熟に伴う健康とか育児とか、その他、人間の身体のサイクル等々を考えたときに、大体、身体に変調を来す時期とされ、精神的にも変わっていく時期とされています。こういった時期には自分の身体に充分気を付けて管理しなければ、長生きはできませんよということから、厄年というものが生まれたと考えられます。
  ちなみに男性の場合は、数え年の25歳、42歳、61歳が厄年とされています。
その厄年のうちでも、女性の33歳、男性の42歳を大厄とされています。語呂合わせで、33歳は「散散」、42歳は「死に」通ずるという俗説もあります。
  私達は、そういう節目の時期に信心を強く持って、自分は、まだまだ頑張るのだ。元気にやっていくのだ。まだまだやらなければならないことがある。達成しなければいけない目標があるのだと、そういうことで信仰によって前向きに生きていく。そういうふうに励んで精進していくのが、日蓮正宗における厄年の考え方であります。
  今年は33歳になったから、42歳の厄年になったから、何か災難があるかも知れないから、御祈念をしなければいけませんと、そういうことではないのです。世間でも言われている節目、節目の時期を大事にして、そのときに発心をする、しっかりした信心を起こすということです。そういうことを日蓮正宗では御祈念をしています。日蓮正宗の厄払いの御祈念では、信心倍増の御祈念も同時にしているのです。
  人間にはいろんな煩悩・業・苦といったものがあります。その煩悩・業・苦を、小乗教などで説くように打ち払うのではなくて、煩悩・業・苦を、そのまま即、菩提に転換していくというのが、日蓮大聖人様の仏法でございます。どうして悩みや苦しみが、そのまま仏様の悟り、菩提へと変わっていくのかと疑問に思われるかも知れませんが、この御本尊様への信心は、実は苦しみのなかに楽しみがあるのだということを教えるのであります。苦しいことがあって、初めて、いろんなことに気付くことがあるはずです。
  例えば病気をしたときなどがそうです。今まで、自分が有り難いなあと思ったことがなかった親の心、あるいは家族の思いやり、周りの友達の気持ちとか、そういったものが、困難に遭ったときに気付くわけであります。あるいは、それらの大切さに感謝することができる。そういったことを考えたら、病気をすることも決して悪いことではないわけです。そうして、強い生命力が湧いてきて、病気を克服するということになりますから、お世話になった人に、今度は恩返しをすることができる。報恩ということになります。
  一番恩返しをしなければならないのは御本尊様です。御本尊様のお力によって病気を治すことができたのですから、その恩返しとは、なにかと言いますと、折伏以外にないわけでございます。そういった報恩の考えが湧いてくるということが非常に大切なことでありまして、そのなかに成仏の命というものが顕れてまいります。これが煩悩即菩提ということであります。
  ですから、成仏ということは死ぬ時になって仏になるのではなくて、皆様の日常生活のなかに、煩悩即菩提という状況が多々あるのです。それは普段から信心をしていなければ気が付かないのです。あるいは、そういうときに、今が煩悩即菩提を実践するよい契機だよと教えてくれる人がいなければ分からないのです。皆さん方は、そういうことをすでに御存知だから、今度は他の人に対して、そういうことを教えていけばよいのです。そうすれば自分も成仏の境涯を築いていくことができるし、周りの人も成仏の境涯になっていく。何も難しい御法門の話をしなくても、そういう自分の実際の体験をお話していくことが立派な折伏になるのです。
  およそ、人間の左右の肩には同名・同生という二種類の神がおられるということが、『華厳経』(巻第四十四、入法界品)に、 
  「人の如きは生まれてより二種の天あって、常随侍衛す。一には同生と曰ひ、二には同名と曰ふ。天は常に人を見るも、人は天を見ず」(大正蔵9−680C)
ということが説かれております。
  また天台大師の『摩訶止観』(巻第八下)には、
  「同名同生天は是れ神、能く人を守護す。心固ければ則ち強し。身の神も尚爾り。況んや道場の神をや」(大正蔵6−110A、御書1052n)
と述べられております。
  私達も常日頃から強固な信心を持っていなければ、いざというときになって、守護の神々も守ってくれないということであります。また自分自身も強い力を発揮して困難な局面を乗り越えていくことはできません。
  大聖人様は、この御書で、妙法の絶大な功徳と、今後とも、自行化他に精進することの大切さをお示しになって、激励しておられるのであります。どうぞ、そのことを心に染めて拝していただきたいと思います。本日の御参詣まことに御苦労様でございました。
(平成19年11月11日 月例報恩お講において)

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