平成20年1月1日発行 高照山 第241号
妙光寺住職  尾林 日至

折伏の具体的な行動を

 本日は、平成19年度の最後の唱題行に当たりまして、諸天の加護に恵まれ、皆様方の周囲には煌々とした日差しが輝いております。
  日蓮大聖人様の大慈大悲に基づく諸天善神の御加護が、我々法華講衆の身の上に厳然としてあるということを確信していただきたいと思います。
  今日は、二つほど申し上げたいことがございます。その一つは、大聖人様の『開目抄』の御指南のなかに、
  「万里をわたって宋に入らずとも、三箇年を経て霊山にいたらずとも、竜樹のごとく竜宮に入らずとも、無著菩薩のごとく弥勒菩薩にあはずとも、二処三会に値はずとも、一代の勝劣はこれをしれるなるべし」(御書562n)というお言葉がございます。
  大聖人様は、釈尊一代五十年の諸経を全部読み究められて、その勝劣・浅深を把握され、理解をされて、その最要たる南無妙法蓮華経の宗旨をお立てになったのでございます。
  鎌倉時代の初めに、華厳宗の栂尾高山寺の明恵という人は、インドへ行くことに憧れて、玄奘三蔵の『大唐西域記』などを参考にして、『大唐天竺里程書』という書をこしらえまして、唐の長安の都からインドの王舎城までは「八千三百三十三里十二丁」あると計算しています。また『大慈恩寺三蔵法師(玄奘)伝』によりますと、唐の長安を発ってから中インドの闍耶因陀羅寺(ナーランダー寺院)へ着くまでに、唐の貞観3年〜同5年(629〜631)の3年を要したと思われます。
  日本では、飛鳥時代・奈良時代・平安時代・鎌倉時代を通じて、遣隋使、遣唐使や、あるいは宋などへ、遙々と海を渡って国交を求め、文化を求め、さまざまなことを学ぶために、大勢の留学生が往来いたしました。もちろん仏教においても当時、中国で流行っていた宗旨を学んで、それを持ち帰って、空海が真言宗、栄西や道元が禅宗などを開いたわけであります。
  しかし、大聖人様は、そのような遙かに遠い距離を旅行し、長い年月を掛けてインドや中国に渡らなくても、釈尊の一代仏教の勝劣・浅深、その肝要な教えは何であるかということを、きちっと把握されておられたのでございます。
  大聖人様は『開目抄』に、
  「諸宗は本尊にまどえり」(御書554n)と仰せられて、諸宗で本尊として立てている仏像等は、その拠り所とする経典が皆、方便権経であり、もはや今末法においては、どんなに熱心に信仰し精進しても、全く功徳も救済もないということを喝破されたのであります。
  大聖人様の御本尊様には、法華経の極理、そうして一切衆生を救済する原理である十界互具・事の一念三千の法門と功徳と働きが全部具わっているのであります。
  大聖人様が『三大秘法抄』に、
  「末法に入って今日蓮が唱ふる所の題目は前代に異なり、自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり。名体宗用教の五重玄の五字なり」(御書1595n)と仰せられる所以は、そこにあるのであります。
  そのように、御本尊の勝劣を示され、諸宗の本尊を破折されたのが大聖人様でございます。したがって、大聖人様の妙法の大御本尊様以外に末法救済の法はないのであります。
  それゆえに、最第一の仏教、最第一の教義、最第一の宗旨は、最第一の御本尊のまします日蓮正宗以外にはないのであります。皆様方は、確信をもって、この『開目抄』のお言葉を心に銘記して、宗教には勝劣があり、最も勝れた教えに依らなければ、真実の救済、功徳はないということを断固として言い切っていく、そういう一人ひとりであっていただきたいと思うのであります。
  もう一つは、折伏は一人ひとりが具体的に実践し行動に移す以外にはありません。どんなに念じても、どんなに願っても、ただ祈るだけでは成就できません。
   まず心に念じ、口に唱え、身に行じていく。この身口意三業の修行が相俟って、はじめて成就されるわけであります。
  したがって、具体的に、一人ひとり、世の中の人に対して、道理を示し、お経文や御書の文証を示し、現証を示して教えていく、説いていく。この実際の行動が伴わなくては、折伏は成就しないのであります。
  各地区、各班で立てた誓願目標に対して、「そのうちの一体は私がさせていただく」というように、一人ひとりが自覚して、具体的に実践行動に移して、努力していく。これが尊い信心の修行でごさいます。
  大聖人様は『如説修行抄』に、
  「誰人にても坐せ、諸経は無得道堕地獄の根源、法華経独り成仏の法なりと音も惜しまずよばはり給ひて、諸宗の人法共に折伏して御覧ぜよ」(御書673n)と仰せでありまして、折伏をしなさい。だれでも皆が折伏をして、この妙法の御本尊こそ末法における唯一の成仏の法であることを教えてあげなさいと御指南であります。
  そうして、大聖人様は、御自ら実践活動として『立正安国論』をもって、まず国主をも諌暁され、鎌倉の諸大寺、要人等に対しても、その諌言の書をもって、折伏を生涯にわたって行ぜられたのでございます。
  この大聖人様の御精神を受け継いで、大聖人様の弟子信徒としての本分を尽くしていくことが何よりも肝要だと思います。
  大聖人様は『最蓮房御返事』に、
  「法華経の行者は信心に退転無く身に詐親無く、一切法華経に其の身を任せて金言の如く修行せば、慥かに後生は申すに及ばず、今生も息災延命にして勝妙の大果報を得、広宣流布の大願をも成就すべきなり」(御書642n)と仰せでございます。
  一人ひとりが、折伏の精神もって、さらなる誓願を立てて、何としても目標を達成して、大聖人様に御報恩の誠を尽くし、広宣流布に寄与させていただく、正法広布のお手伝いをさせていただくという思いを篭めて、具体的な実践行動に立ち上がっていただきたいのであります。
  皆様方の御多幸と、さらなる御精進をお願いいたしまして、本日の御挨拶とさせていただきます。大変御苦労様でした。
(平成19年12月2日 広布唱題会において)

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