平成20年1月1日発行 高照山 第241号
四条金吾殿女房御返事 (三)
文永12年1月27日 54歳

 華厳経の文にて候を止観の第八に天台大師よませ給へり。但し信心のよはきものをば、法華経を持つ女人なれどもすつるとみへて候。れいせば大将軍心ゆわければしたがふものもかいなし。ゆみゆわければつるゆるし、風ゆるなればなみちひさきはじねんのだうりなり。しかるにさゑもんどのは俗のなかには日本にかたをならぶべき物もなき法華経の信者なり。これにあひつれさせ給ひぬるは日本第一の女人なり。法華経の御ためには竜女とこそ仏はをぼしめされ候らめ。女と申す文字をばかゝるとよみ候。藤の松にかゝり、女の男にかゝるも、今は左衛門殿を師とせさせ給ひて、法華経へみちびかれさせ給ひ候へ。
  又三十三のやくは転じて三十三のさいはひとならせ給ふべし。七難即滅七福即生とは是なり。年はわかうなり、福はかさなり候べし、あなかしこ、あなかしこ。
   正月二十七日       日  蓮 花押
  四条金吾殿女房御返事(御書757n)

(通釈)

 このことは華厳経に説かれているところであるが、天台大師が摩訶止観の第八にお説きになっている。
  ただし信心の弱い者は法華経を持つ女人といえども諸天から捨てられるのである。たとえば大将軍の心が弱ければ従う者も弱く頼りにならず、弓が弱ければ弦も緩み、風が弱ければ波が小さいのは、いずれも自然の道理である。
  しかるに左衛門尉殿は俗人の中では日本で肩を並べるべき人もいない法華経の信者である。その人に相連れ添う貴女は日本第一の女人である。法華経の御ためには竜女の如く仏は思われるであろう。女という文字は「かかる」と読むが、藤の松にかかり、女の男にかかる如く、貴女も今左衛門尉殿を師と仰いで法華経の信心に励みなさい。
  また三十三の厄は、転じて三十三の幸いとなるであろう。「七難即滅七福即生」とはこのことである。年は若くなり福は重なっていくであろう。あなかしこ、あなかしこ。
   正月二十七日 日 蓮 花押
  四条金吾殿女房御返事

(内海雄幸師の講義)
 本日の御書講は『四条金吾殿女房御返事』の第3回目、最終回でございます。前回まで拝読の御文におきましては、大聖人様が一切経を御覧になりますと、法華経以外の諸経には、女性を軽蔑したお経文が多く、女性が成仏できると説かれたお経は、法華経以外にはないということをお述べになっておられます。
  また四条金吾殿の奥さんが、この年に33歳の厄年に当たっていて、大聖人様に厄払いの御祈念をお願いしたということも記されております。
  そうして、最後のところでは、人の身には左右の肩に、同名神と同生神という二つの神がおられて、梵天・帝釈・日月等が人を守護するために、誕生以来、その二つの神を身に付き添わせており、その人が生涯を終えるまで、善悪の行いのすべてを細大漏らさず、天に訴え、報告をするということが述べられています。これは、我々に対する戒めと激励のために、そういうことが言われているのではではないかと思われます。ですから、他人が見ていようが、見ていまいが、同名神と同生神がちゃんと見ているということで、その安心感と戒めが、人間を人らしく律していけるのではないかということでございます。
  さて本日拝読の御文に入りますと、「華厳経の文にて候を止観の第八に天台大師よませ給へり」。この同名神と同生神という二つの神が人を見守っており、よく人を守護してくれているのだけれども、人はそれに気がつかないでいるということが、仏教のなかで『華厳経』(巻第四十四)や『摩訶止観』(巻第八下)において説かれているということでございます。
  次に「但し信心のよはきものをば、法華経を持つ女人なれどもすつるとみへて候」。しかしながら、信心の弱い者は、たとえ法華経を受持していても、守護神から見捨てられるのである、ということであります。これは男性でも女性でも同じことです。天台大師が『摩訶止観』に「心固ければ則ち強し。身の神も尚爾り。況や道場の神をや」と言われ、妙楽大師も『止観弘決』(第八之三)に「常に人を護ると雖も、必ず心固きに仮りて神の守り則ち強し」と釈されています。
  さらに『摩訶止観』(巻第五上)にも「薪の火を熾んにし、風の求羅を益すのみ」(道場神守護事、御書1052参照)と説かれているように、信心が強固でなければ守護神の働きも、ちゃんと発揮されません。薪をしっかり加えれば火は盛んになり、求羅という虫は、強い風が吹けば、ますます成長するというのと同じであります。
  「れいせば大将軍心ゆわければしたがふものもかいなし」。たとえば、大軍を率いる将軍の心が弱ければ、それに従う兵士も力を奮うことができない。中国古代に『孫子』という兵法書が書かれておりますが、その「地形篇第十」に「将弱くして厳ならず、道を教うるに明らかならず、吏卒常ならず、兵を陳ぬこと縦横なるを、乱と曰う」とありまして、将軍の心が弱く、厳しさを欠き、指導方針が明確でなく、兵士が平常心を失って、戦列が整っていないことを乱と言い、戦いに必ず敗れる。これは将軍の過ちである。また将軍の心得として「卒を視ること嬰児の如く、故に之と深谿(深い谷)に赴くべし。卒を視ること愛子の如く、故に之と倶に死すべし」と述べられています。
「ゆみゆわければつるゆるし、風ゆるなればなみちひさきはじねんのだうりなり」。弓の弦も強く張ってなければ、矢を勢いよく遠くまで飛ばすことはできないわけです。
  『平家物語』(十一之巻)には、八島の合戦のときに、遙か海上にいた平家の軍船の船べりに、十八九の美しい女房が紅の扇を立てて、陸に向かって、これを射よとばかりに招き寄せたのを見て、源氏の兵士、那須与一宗高が命ぜられて、その扇の的を見事に射貫いたということが述べらています。そのときのことを「弓はつよし、浦ひびくほどながなりして、あやまたず扇のかなめぎは一寸ばかりをいて」と書かれています。那須の与一は、たしかに弓の名手でしたが、引いた弓も強かったので、見事に扇の的を射抜いたわけであります。また、そのときの状況は「おりふし北風はげしくて、磯うつ浪もたかかりけり。舟はゆりあげゆりすゑただよへば、扇もくしにさだまらずひらめいたり」とあります。吹く風が烈しければ波は高くなり、風が弱ければ、立つ波も小さくなるのは自然の道理であります。信心も強くなくてはなりません。
「しかるにさゑもんどのは俗のなかには日本にかたをならぶべき物もなき法華経の信者なり。これにあひつれさせ給ひぬるは日本第一の女人なり」。ところが、左殿門殿、ここでは、この御書を賜った女房の夫、四条金吾頼基さんのことですが、この方は直情径行、つまり、自分の思ったことは、周囲の事情など気にしないで、まっすぐに行動するという一本気のところがありましたが、在家では日本で右に出る人がないくらい信心の強い人でした。この四条金吾さんに連れ添う女房の貴女は、また日本第一の女人であると、大聖人様は、褒め称えているわけでございます。
  「法華経の御ためには竜女とこそ仏はをぼしめされ候らめ。女と申す文字をばかゝるとよみ候。藤の松にかゝり、女の男にかゝるも、今は左衛門殿を師とせさせ給ひて、法華経へみちびかれさせ給ひ候へ」。 法華経の『提婆達多品第十二』には、文殊師利菩薩が海中で法華経を説いたのを聞いて、八歳の竜女が、須臾の頃に正覚を成じた、つまり即身成仏をしたということが説かれておりますが、四条金吾の奥さんも、同様に女人成仏の手本であると、仏様は思し召されるでありましょう、ということであります。
  女という文字は、「かかる」と読みます。漢字の女という字は、もともと、女の人が膝を屈して手を組んでいる形を表していると言われています。女の人は、しなやかで、おとなしく従い仕えるというところから、「三従」ということが言われておりまして、「幼にしては父母に従い、嫁しては夫に従い、夫死しては子に従う」とされておりました。
  藤の蔓が松の木に掛かって成長するように、女は男を頼りとしていくものですが、今の貴女は四条金吾さんを師匠と頼んで、法華経の信心を励んでいきなさい、と激励をされているのであります。
「又三十三のやくは転じて三十三のさいはひとならせ給ふべし。七難即滅七福即生とは是なり。年はわかうなり、福はかさなり候べし、あなかしこ、あなかしこ」。また、貴女の三十三歳の厄年は、かえって、この妙法の信心によって三十三の幸いへと転換されるでしょう。『仁王般若波羅蜜護国経』(巻下、受持品第七)に「七難は即滅し七福は即生ず」(大正蔵8−832C)と説かれているのは、このことであります。
  七難というのは、『立正安国論』(御書236n)にも引用されていますが、日月失度の難、星宿変現の難、諸火焚焼の難、時節反逆の難、大風数起の難、大地亢陽の難、四方賊来の難であります。ところが、正しい教えを信ずるならば、こういう天地の異変や、季節の不順や、盗賊・外敵に侵される等の災難を防いで、それが七つの福に変わるであろうということであります。いわゆる「煩悩即菩提」、つまり心に積もった悩みや迷いは、そのまま、悟りの境涯へと導かれるということであります。
  年は若くなり、福は重なるでありましょう。ああ恐れ多い、もったいない、ありがたいことであります、という文末の挨拶の言葉で終わっております。
  「生老病死」という四苦は、だれでも免れることはできません。当然、年を取れば、だんだんと老いていくわけでございますが、この信心をしていると、それが不思議なことに、世間一般の同じ年齢の人たちに比べて、遙かに若く元気でいられるのであります。そういう方々が、本日参詣の皆様方のなかにも、大勢お見受けすることができます。これは正法を信仰しているから、その功徳が現実の姿として顕れているのではないかと思います。
さて、平成21年『立正安国論』正義顕揚750年まで、残り1年強となったわけでございます。この時に当たり、私ども日蓮正宗の僧俗がどのように過ごせばよいのか、あるいは取り組めばよいのでありましょうか。私は、それを3つ挙げたいと思います。
  1つ目は、一人ひとりが報恩の折伏を通して、人格を錬磨し、広布の実践行動によって社会に貢献していくということ。
  2つ目は、一家和楽の信心で法灯相続を行い、子々孫々までの信心の盤石の土台を築くということ。
  3つ目は、縁のある人びとと共に折伏を通して、根本の帰命依止である本門戒壇の大御本尊様まします総本山大石寺に登山し、大きな功徳を積んで立正安国の精神を社会に実現していくこと。
  そのほかにも、所属寺院では毎月、唱題会や月例御講には、御住職の御指導、また御書の講義も行われるわけでございますから、必ず参詣するようにいたしましょう。以上のような大きな使命を果たし、功徳を積み、実証を示していくという、こういう機会を今、私どもは与えられているわけでございます。今こそ私たちは、平成21年の佳節に向かって、何ができるかということを真剣に考え実行しなくてはいけません。
  「立正安国」の「立正」とは正を立てること。その正の字は「一に止まる」と書きますから、一に止まる教え、すなわち、三大秘法の根本の本門戒壇の大御本尊を信仰すること。このことを日本国、ないし全世界に確立しなければなりません。この一善に帰せしめるためには、世間の人びとを折伏していかなければなりません。この実践があって、はじめて「安国」つまり「国を安んずる」ということが実現するのです。このことは、今から750年も前に、日蓮大聖人様がきちっと我々にお示しくださっているわけでございます。
現在、私どもを取り巻く状況は、社会的な混乱、凶悪な犯罪の多発、物価の高騰、経済不況、教育の混乱、政・官・財界の汚職等々、大変な混迷のなかにあります。これらの根本原因は、人びとの心が邪悪に染まっているゆえでありますから、私どもは、世間の人びとに向かって、正法に帰依しなさいと勧めていくことが大切です。
  一人ひとりが正しい信心を通して、それぞれの人格を向上させ、仏の境涯を切り開いていく。そういう生き方を皆がすれば、混乱に惑わされることがなくなるわけでございます。
  私どもは、混迷した現状を打開し、真の寂光土を築いていくために折伏を行ずるのであります。これこそ、我々の進むべき道であると確信して、平成20年の「躍進の年」を、どうか精一杯がんばって行っていただきたいということを申し上げまして、本日の御書講に代させていただきます。御静聴まことにありがとうございました。
(平成19年12月9日 月例御報恩御講において)

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