平成20年3月1日発行 高照山 第244号
真 言 諸 宗 違 目
文永九年五月五日 五十一歳

 「日月は十方世界の明鏡なり。諸仏定めて日蓮を知りたまふか。一分も之を疑ふべからず。但し先業未だ尽きざるなり。日蓮流罪に当たれば教主釈尊衣を以て之を覆ひたまはんか。去年九月十二日の夜中に虎口を脱れたるか。『必ず心の固きに仮りて神の守り即ち強し』等とは是なり。汝等努々疑うこと勿れ、決定して疑ひ有るべからざる者なり」(御書602n)

(通釈)
 日月は十方世界を照らす明鏡であり、且つ諸天はさだめて日蓮の事をお知りになっているであろう。聊かでもこれを疑ってはならない。ただし日蓮の先業がいまだに尽きないから、諸難に遭うのである。日蓮が流罪に遭えば、教主釈尊は衣を以って覆い給う事であろう。
  (法華経の『普賢菩薩勧発品第二十八』に「若し、是の法華経を受持し、読誦し、正憶念し、修習し書写すること有らん者は、当に知るべし、是の人は則ち釈迦牟尼仏を見るなり。仏口より此の経典を聞くが如し。当に知るべし、是の人は釈迦牟尼仏を供養するなり。当に知るべし、是の人は仏善哉と讃む。当に知るべし、是の人は釈迦牟尼仏の手をもって、其の頭を摩でたもうを為ん。当に知るべし、是の人は釈迦牟尼仏の衣に覆わるることを為ん」〈法華経604n〉とある)。
  去年九月十二日に龍の口の虎口を逃れたのはそのためである。妙楽大師の『止観輔行伝弘決』に「必ず信心の心の強固に従って、諸天善神の守りは強い」等とあるのはこれである。あなた達はこの事を決して疑ってはならない。決定して諸天の守護を疑ってはならない。

(解説)
 日蓮大聖人が法華経の行者として、三類の強敵や三障四魔等の一切を堪え忍び、三大秘法の大法を建立遊ばされた事は、大聖人が末法の御本仏として、その大法弘通の根源を樹立された事に他ならない。また、大聖人は御自らの諸難は先業が未だ尽きない故に諸難に遭われているのだと仰せである。
  私達もこの大聖人の気概と広布への大情熱をたぎらせて、折伏弘通に精進しようではないか。

戻る