平成20年6月1日発行 高照山 第246号
南 条 兵 衛 七 郎 殿 御 書
文永元年12月13日 43歳

 「させる語を以て法華経を謗ずる人はすくなけれども、人ごとに法華経をばもち(用)ゐず。又もちゐたる様なれども念仏等の様には信心ふかからず。信心ふかき者も法華経のかたきをばせめず。いかなる大善をつくり、法華経を千万部書写し、一念三千の観道を得たる人なりとも、法華経のかたきをだにもせめざれば得道ありがたし」
(御書322n)

(通釈)
 そのような語を以って法華経を誹謗する人は少ないけれども、人ごとに法華経を用いないで、又用いている様であるけれども、念仏等のように信心が強盛でない。信心の強盛な者も法華経の敵を責めない。どのような大善をつくり、法華経を千万部書写し、一念三千の観道を得ている人師であっても、法華経の敵を責めなければ得道はありえない。

(解説)
 如何に信心が強盛であっても、実経である法華経を用いず、また法華経に帰依しても、法華経の敵を責めない人がどんなに大善根を作り、法華経を千万部以上も書写し、一念三千の観念をこらそうとも、成仏得道はできないのである。法華折伏破権門理という言葉がある通り、折伏を通して人々を救う事が大事です。折伏に参加し、折伏を実行して広宣流布に貢献し大功徳を起こしましょう。

(住職法話)
 一昨日(4月29日)北海道札幌市におきまして、道内の全寺院の決起大会が行われた次第でございます。真駒内公園のセキスイハイムアイスアリーナを会場に借りまして、4000名の結集予定でございましたけれども、6006名という大結集が成就いたしまして、御法主上人猊下も大変なお喜びを感ぜられたということでございます。本当に関西といわず、九州といわず、毎日のように新講員を掘り起こして啓蒙に歩き、折伏を成就し、立派にこの決起大会を開催されております。皆様も、来る6月15日の東日本の決起大会に向けて、全力投球で頑張っていただきたいと思います。出演者も参列する人も要員の方々も、いろんな意味で全員が異体同心の信心を結集して、大会を成功に導いていただきたい。そうして本当に喜びを感じ、広布を実証していただきたい。創価学会が、どんなに妨害し、また嘘八百を並べて誹謗しようとも、それらを断固として打ち破り、法華講の力を示していただきたいと思うものであります。
  昨日から今日にかけまして、ロサンゼルス等の在勤者も、総本山に新説免許のために登山して参りまして、4月27日には十数名の方々が立派に教師に補任された次第であります。
  ロサンゼルスにおきましても、明年は5回に亘って120名余づつの方々が、慶祝登山をするということが計画されているということであります。ロサンゼルスの妙法寺だけでも飛行機をチャーターして700名が登山して来るということでございます。同じ法華講でも東京の支部は日帰りで登山ができる。海外の信徒は飛行機を乗り継いで来るわけであります。どちらが大変か、よく考えていただきたいと思います。どうか日本国内の信徒も、そういう海外の信徒に負けない勇猛心を起こして頑張っていただきたいと思います。
  先般、ニューヨークの妙説寺の住職が、総本山の帰りに妙光寺に寄ってくれました。妙説寺におきましても、本年はすでに30世帯の折伏ができているということであります。また妙法寺におきましても、60世帯の折伏ができているということを聞きました。猊下の御指南の通りに、しっかりと御命題を成就して、そうして明年に備えていこうということで精進しております。海外の信徒も常に毎年、猊下の御指南こそ、今日、我々に与えられた課題として、しっかりと受け止めて、勇猛精進の躍進を重ねてくださっているわけであります。どうか、皆様方も異体同心の信心に立ち上がっていただきたいと思う次第でございます。
  立命館大学の名誉教授で昨年の10月30日に亡くなった漢文学の大学者の白川静という方がいらっしゃいました。この方は立命館大学の夜学を卒業して、立命館の中学校の先生からスタートして、苦学の結果、後に立命館大学の名誉教授となり、漢字の研究で世界的な大学匠となり、その功績により文化勲章を受賞された方でございます。96年の生涯を終わるまで、漢字の研究に没頭して大学匠となった人であります。『字統』『字訓』『字通』の三部作や『常用字解』の辞書等の立派な著書を、見事に一人で発刊した人であります。それほど苦労して独特の功績を残して、ようやく漢文学の学会に受け入れられるようになったという方で、漢字の成り立ち、起こりの研究を世界的な規模で成し遂げた方であります。
  その人が、物事を成就するには三つの大事な要素があるということを言っているのであります。この方は勲二等瑞宝章を受賞されましたが、そのあとの会見で、清代末期の軍人で政治家でもあった曽国藩という人が郷里の弟たちに送った手紙に、「蓋し世人の書を読むに、第一に志有るを要し、第二に識有るを要し、第三に恒有るを要す。志有れば則ち断じて下流に甘んぜず。識有れば則ち学を知りて尽きる無く、敢えて一得を以て自足せず。河伯の海を観るがごとき、井蛙の天を窺うがごときは、皆識なき者なり。恒有れば則ち断じて成らざるの事なし。此の三者、一を欠くも不可なり」という言葉がありますが、これに基づきまして、「志あるを要す。識あるを要す。恒あるを要す」ということを言っているのであります。
  まず第一に、志をしっかり持つこと。決して崩れない、動じない、信念に基づくところの志をしっかりと立てることが大事だということを言われております。白川教授は全学連の学園闘争があった時にも、家に帰らないで、毎日、立命館大学の研究室に閉じこもって研究を続けて、闘争派の人たちからも尊敬されていたということで、毎晩毎晩、学園にこもって研究に没頭されたということであります。第二番目には、学問的にしっかりした知識を持っていなければならない。人を納得させるものがなければならない。三番目には、恒に発心し、恒に向上し、恒に努力をする。そういう発心、精進を繰り返していく。たとえ、環境がどうであろうと、仕事が難しかろうと、人が何と言おうと、恒に自分の信念を貫いていく。恒に努力をする。恒に工夫を重ねていけば必ず成功する。そういう三つのことが大事だと言われております。
  それを我々の信心のうえから考えてみると、信行学ということになります。志ということは信念、信心であります。恒とは、どこまでも行動を起こす、常に努力を怠らないということであります。識ということは学識、教学であります。
  大聖人様は、
  「行学の二道をはげみ候べし。行学たへなば仏法は あるべからず。我もいたし人をも教化候へ。行学は 信心よりをこるべく候。力あらば一文一句なりとも かたらせ給ふべし」(御書668n)
ということを『諸法実相抄』に仰せでございます。
  この御文こそ、私たちの永遠の指針だと思います。どうか、この信行学を心に置いて、大聖人様の弟子信徒として、大聖人様のお心に叶う使命をしっかりと成し遂げ、果たして、今世における本当の喜びと功徳と思い出を築いていっていただきたいということを申し上げまして、本日の御挨拶に代えさせていただく次第であります。御参詣、まことに御苦労様でした。よろしくお願いいたします。(平成20年5月1日 広布祈念唱題会において)

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