平成20年6月1日発行 高照山 第246号
妙光寺住職  尾林 日至

お題目の意義について

 宗祖日蓮大聖人様が建立あそばされた宗旨は何かと申しますと、三大秘法であります。つまり、本門の本尊、本門の戒壇、本門の題目を本宗の宗旨の三箇として、大聖人様が建立あそばされた次第でございます。 御年32歳のとき、建長5年4月28日に、故郷の安房の国(千葉)の清澄寺において、父母や師匠等に対する御報恩のため、妙法広布のため、この地を選んで、お題目の第一声をお唱えあそばされた次第でございます。遙か太平洋上を望んで唱えられた大聖人様のお題目は、まことに雄渾な何とも言えない神々しい唱題であったと拝察申し上げるところでございます。
  御本尊様の相貌のなかに、中央の「南無妙法蓮華経」の七字は、お筆先をずうっと伸ばしてお認めになっていらっしゃいます。これには、自行化他に亘るお題目、広宣流布のお題目という意義を拝察する次第でございます。本宗の勤行のときには「引き題目」という唱題の形もございます。この引き題目にも、やはりそうした意味が込められております。いずれにいたしましても、一回一回のお題目に込められるところの功徳と、その働きと、その目的、そうして、その根本の法体は、本当におろそかにできない大事なお題目であります。
  身延やその他の宗旨で唱える題目、立正佼成会や霊友会等々で唱えるところの題目は、空っぽの題目であります。ただ文字面は南無妙法蓮華経と認めておりますけれども、法体がない。大聖人様が唱えられた題目は『三大秘法抄』に、
  「末法に入って今日蓮が唱ふる所の題目は前代に異なり、自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり。名体宗用教の五重玄の五字なり」(御書1595n)
と仰せのように、その名目と、法体と、根本の趣旨と用きと、教義・相伝の一切が含まれているところの題目であります。もっと言うならば、末法の御本仏として、すなわち、久遠元初の御本仏として唱えられたところの題目であります。南無阿弥陀仏などのように、一教祖として唱え始めたところの題目とは、天地の開きがあります。大聖人様が唱えられた題目は、三大秘法の大仏法の一切を包含したところの御本尊様の法体の題目である、というふうに心得ていただきたいと思うのであります。
  大聖人様は『十如是事』に、
  「是を信じて一遍も南無妙法蓮華経と申せば、法華経を覚りて如法に一部をよみ奉るにてあるなり。十遍は十部、百遍は百部、千遍は千部を如法によみ奉るにてあるべきなり」(御書105n)
とおっしゃられて、それほど大きな功徳が込められている題目であるということを御指南あそばされています。
  したがって、南無妙法蓮華経の御本尊に向かって、お題目を唱えることは、大きな功徳であると共に、仏法僧の三宝に対して御報恩の意義が具わっているのであります。本宗で唱えるところの題目の意義は、他の宗派では決して得られない尊いものだという確信を持って唱えていただきたいと思います。
  また大聖人様は『秋元御書』に、
  「三世十方の仏は必ず妙法蓮華経の五字を種として仏に成り給へり」(御書1448n)
と仰せられております。過去、現在、未来の、あらゆる世界の仏様は、皆等しく妙法の御本尊の法体の題目を唱えて即身成仏し、仏様としての境界を示すことができた次第であります。
  したがって、爾前権教をどんなに長い間修行し、万巻の諸経を読んだとしても、だれ一人として成仏することはできない。皆、妙法蓮華経を成仏の種として、はじめて仏に成ることができたのであります。
  大聖人様は、末法に御出現あそばされた久遠元初の御本仏として、無師独悟、御自身の御境界においてお悟りになられた題目を唱えられたのであります。これを「自解仏乗」と申しまして、仏様が自らの御仏智において、仏教、一切経の根源を覚知あそばすことのできる御境界に達しておられたのであります。
  大聖人様は『百六箇抄』に、
「久遠の釈尊の口唱を今日蓮直ちに唱ふるなり」(御書694n)
ということをおっしゃっております。つまり、大聖人様の唱えるお題目は久遠元初の御本仏として唱えられたお題目であることをお示しであります。私たちも、生涯に亘って唱える一回一回のお題目の功徳は、どれほど大きいか、どれほどの御報恩の価値に等しいかということを、よくよく心していただきたいと思います。
  しかも大聖人様は『報恩抄』の一番最後のところで、大聖人様が積まれた御修行、大聖人様が唱えられた南無妙法蓮華経、また大聖人様が建立あそばされた三大秘法の大仏法が末法に広宣流布すること、これらの一切の功徳について、
  「此の功徳は故道善房の聖霊の御身にあつまるべし」(御書1036n)
と、大聖人様が御生涯を通して振る舞われた一切の功徳は、全部、師匠である道善房の聖霊の身に集まるであろうとおっしゃっております。そういう報恩ができるところのお題目であります。
  今、皆様方が唱題行を行い、あるいは法要申し上げる、そうしてまた朝夕唱えるお題目の功徳というものは、全部、過去の精霊、先祖代々の人びと、またお世話になった方々の身のうえに必ず集まって、その人の幸せのために、安住のためになり、その人たちを即身成仏せしめて、報恩の誠を果たすことになっているのであります。
  私たちが唱えるお題目は、過去の一切の精霊のために、また自らの幸せのために、家族のために、広宣流布のために唱えるところのお題目であります。したがって、私たちの唱えるお題目の意義は、まことに広大な意義を持ち、何ものにも代えがたい尊いものであります。そうしてまた、三世十方の諸仏が皆様方を讃歎し、お護りくださることを確信していだきたいと思うのであります。
  大聖人様が建てられた三大秘法は、妙法蓮華経の法体に基づく仏法であり、南無妙法蓮華経という本門の題目は、その根幹である本門の本尊の法体に根ざしているのであります。今、皆様方一人ひとりが毎日勤行のときに唱えるお題目は、法界全体に充満し、三世十方の闇を打ち払い、正法の功徳を全世界に展開し示していく、揺るぎないところのお題目であり、世界の一切の人びとを救う、尊いお題目であるということを知っていだきたいと思うのであります。どうか皆様方が唱えるお題目は、それほど大きい力と功徳と働きを持ち、また報恩の行ともなり、皆様方の身のうえに幸福をもたらすところの尊い善根となるということを確信していただきたいと思います。
  皆様の御多幸と御健勝をお祈り申し上げまして、一言、御挨拶とさせていただく次第でございます。
(平成20年4月29日 宗旨建立会において)

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