平成20年8月1日発行 高照山 第248号
妙光寺執事  内海雄幸

困難を乗り越える信心

  皆さん、お早うございます。いま両支部の講頭さんからお話がありましたように、去る6月15日のプレ大会は、妙光寺支部、正道講支部ともに目標を大きく突破いたしまして、いわゆる大勝利ということになったわけでございます。しかしながら、このプレ大会というものは終着点ではありません。出発点でございます。出発点ですから、これから来年に向けて、何かをしなければいけないという、その決意をするための大会です。ですから、そういう時に、これだけの方々が集まったのですから、非常に幸先のいいことでありますし、皆様方は自信を持っていいと思います。
  御承知のように、アメリカの民主党の大統領候補に、オバマという人がおりまして、大変人気のある人であります。この人は「我々にはできる」ということを言って、アメリカ国民を励ましておりますけれども、妙光寺支部、正道講支部の皆さん方も、まさに、「やればできる」のです。そのことをプレ大会で示したということにもなるわけでございます。両支部の講頭さんのお話にもありましたように、どうか本年の後半戦は、折伏に邁進していただきたいと思う次第であります。
  さて、日蓮大聖人様は『乙御前御消息』に、
  「氷は水より出でたれども水よりもすさまじ。青き事は藍より出でたれども、かさぬれば藍よりも色まさる。同じ法華経にてはをはすれども、志をかさぬれば他人よりも色まさり利生もあるべきなり」(御書897n)
と仰せでございます。この御文は、大聖人様の弟子信徒として、いかなる困難にも負けず、法華経(御本尊)を受持し、「身軽法重、死身弘法」の折伏をすることの素晴らしさと、大きな功徳をお説きになっておられるのであります。
  また同様な御文が『上野殿後家尼御返事』にも、
  「天台云はく『従藍而青』云云。此の釈の心はあいは葉のときよりも、なをそむればいよいよあをし。法華経はあいのごとし。修行のふかきはいよいよあをきがごとし」(御書337n)
と仰せられております。
  さらに『上野殿御返事』にも、
  「あいよりもあをく、水よりもつめたき氷かなと、ありがたしありがたし」(御書1350n)
と仰せでございます。
  この「藍より出でて藍より青し」等という言葉は、もともと中国の『荀子』という古典の「勧学篇第一」に、
  「君子曰く、学は以て已むべからず。青は之を藍より取る、而して藍よりも青し。氷は水之と為る、而して水よりも寒し」
とあるのに依られたものでありまして、世間でも、よく「出藍の誉れ」などということが言われております。
  天台大師も『摩訶止観』巻第一上に、
「従藍而青と為る」
と述べております。
つまり、弟子というものは、師匠からいろいろな教えを受けますけれども、自分自身でさらに磨きを掛け、師匠すら超えていかなくてはならないという意味でございます。

 中国の天台大師智ぎも、出家して間もなく南岳大師慧思から教えを受けましたが、修行を重ねた結果、師匠の南岳大師よりも法華経に精通して、天台三大部と言われる書物に、仏法上の大事な法義を述べられて、その弟子の章安大師潅頂という方が筆記をされたのであります。

日蓮大聖人様は、さらにその意義を一歩深められまして、法華経、すなわち南無妙法蓮華経の大法を信じ、折伏弘通を貫く人は、世間のいわゆる学者と言われる人や、あるいは社会的な地位のある人よりも、その人その人、個々が持っている人格というものが磨かれ、勝れていくのである。そうして命が清らかになるのである、ということを仰せになっているのであります。ゆえに、この妙法を持っている人は、世の中において、どんな困難も正しく見極めることができるようになり、それを乗り越えることができるようになる。そういう人間にさせていただける。成長させていただける、ということであります。

 いわゆる御仏智を頂いて、また諸天の加護をもって、人生を歩いて行くならば、どんな困難に出会っても恐れることはありません。これを先ほどの御文のなかでは「利生」、すなわち功徳であると仰せになっているのであります。

 よく聞く話ではありますが、「折伏をしていけば、自他ともに救うことができるのだから、折伏をしましょうよ」と、こういう話をいたしましたときに、「いま自分は大変で、とてもとてもそんな時間も、また心の余裕もない。もっと時間ができてから、そうすることにしよう」と、そんなふうに言う人があると聞いたことがございます。

それは、ちょうど目隠しをして外出をする。また靴を履かないで外出をする人と同じ道理でございます。ともに時間がないといっても、それをしなかったならば、外に出て大怪我をいたしますね。

人間というものは御飯を食べるにしても、仕事をするにしても、子育てをするにしても、何にしても、自分自身が様々なことを眼で見て、判断をして、行動して対処をする生き物であります。自分自身の鍛錬を疎かにして、これらをコントロールする心の修行、信心というものを蔑ろにして、様々なことに当たったとしても、うまくいく道理はないわけであります。濁り切った世の中の流れに流されて行くだけであります。

 大聖人様は、この濁った末法の世の中にあって、まさしく「藍は藍より出でて藍よりも青し」の心意気をもって、折伏を実践し、さらに世の中をも救っていきなさいと、私どもに御指南あそばされているのであります。

 日蓮大聖人様は『四条金吾殿御返事』に、
  「法華経を持ち奉るより外に遊楽はなし。現世安穏・後生善処とは是なり。たゞ世間の留難来たるとも、とりあへ給ふべからず。賢人聖人も此の事はのがれず。たゞ女房と酒うちのみて、南無妙法蓮華経とと なへ給へ。苦をば苦とさとり、楽をば楽とひらき、苦楽ともに思ひ合はせて、南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ。これあに自受法楽にあらずや。いよいよ強盛の信力をいたし給へ」(御書991n)と仰せであります。

 また『御義口伝』に、
  「末法に於て今日蓮等の類の修行は、妙法蓮華経を修行するに難来たるを以て安楽と意得べきなり」(御書1762n)
とも仰せであります。

 「今、非常に生活が大変で、信心していくのも大変である」。また「いろいろ困難があって折伏が難しい」と、このように嘆いておられる方は、そういう困難があってこそ、私たちは、同志と共々に成長させていただくことができるのだということを、どうぞ知っていただきたいと思うものであります。

日蓮大聖人様は、御一生を通して、御本仏の境涯のうえから様々な難をお受けになり、また、その難をことごとく克服なされたのであります。私どもは、日蓮大聖人様の弟子信徒として、この大聖人様が大難を受けられて、それに打ち勝ってこられた信心修行の姿をお手本にして、今、この平成の時代に、全力を尽くして精進していくことが大事であるわけであります。

どうか、皆様方におかれましても、今回のプレ大会において、皆様方が「できる」ということを自ら証明されたわけでありますから、この後半戦は折伏実践ができるのだということを、お一人おひとりが、実証をもって示していただきたいということを申し上げまして、御挨拶に代えさせていただく次第でございます。本日の御参詣まことに御苦労様でございました。
(平成20年7月6日 広布唱題会において)

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