平成20年9月1日発行 高照山 第249号
曽 谷 殿 御 返 事

 「法華経の敵を見ながら置いてせめずんば、師檀ともに無間地獄は疑いなかるべし。(中略)謗法を責めずして成仏を願はば、火の中に水を求め、水の中 に火を尋ぬるが如くなるべし。はかなしはかなし」
(御書1040n)

(通釈)
 法華経の敵を見てもそのまま放置して折伏しなければ、僧侶も信徒も共に無間地獄に堕ちる事は疑いない事である。謗法を責めないで成仏のみを願うならば、火の中に水を求め、水の中に火を尋ねるようなものである。願いもはかなく消えてしまう。

(解説)
 今回拝読した御文において、大聖人は、謗法呵責の精神を忘れて、如何に自行に励もうとも成仏は叶わず、そればかりか、謗法を見てそのままにして置くという「見」と「置」の罪を作っていくならば、師檀、即ち僧侶も信徒も、ともに無間地獄に堕ちるとまで諌められている。したがって、法華経の敵となる謗法を許さず、敢然とこれを破折していく折伏行こそ、仏意に叶う修行であり、功徳を積んでいく最高の道である事を確信していただきたい。平成二十一年立正安国論正義顕揚七百五十年の佳節における地涌倍増と大結集の御命題達成のためには、一に折伏、二に折伏、そして三に育成の心意気で精進していかねばならない。

(住職法話)
 今月の拝読御書として掲げさせていただきました『曽谷殿御返事』の一節は、大変、厳しい御文でございます。謗法に対して見て見ぬふりをしては絶対にいけない。必ず折伏をしなさい。放置してはいけない。僧俗共に鉄則として、自分の信条として、終生、不退転の一念をもって折伏をしなさい、という大聖人様のお言葉であります。それなくして真の自らの成仏はないという、それくらいの気持ちを込めて折伏をしなさい、そういう厳しい御文であります。
  私たちは、この御文をしっかりと拝読し、心に刻んで、一日一日の活動の指針としていきたいと思います。
  大聖人様は『御義口伝』のなかで、
  「無上とは南無妙法蓮華経、無上の中の極無上なり」(御書1739n)と仰せられております。大聖人様の南無妙法蓮華経は、最高の教えであり、この上ない功徳を具えた「無上宝聚」の仏法であることを断言あそばされているのであります。「無上」ということは、この上ない、最高、最善ということであります。あらゆる宗教、宗旨において、教義のうえからも、功徳のうえからも、また用きのうえからも、大聖人様の南無妙法蓮華経は、「無上の中の極無上」ということであります。この三世の諸仏の万行万善、諸波羅蜜の宝を聚めた「無上宝聚」を、私たちは、自行化他の信心によって受け取ることができるのであります。
  仏法上のありとあらゆる功徳、それは「七難即滅、七福即生」(御書757n等)、あるいはまた「煩悩・業・苦の三道、法身・般若・解脱の三徳と転じ」(同694n)、「煩悩即菩提・生死即涅槃」(同515n等)、「即身成仏」(同73n等)、「十界皆成」(同182n等)など、これらのすべて、一切の功徳が全部、包含されているのが南無妙法蓮華経の御本尊様であるということを、大聖人様は御指南されていらっしゃるのであります。
  今、海外でも盛んに妙法流布の活動が推進されておりますけれども、海外の御信徒が、どうして日蓮正宗に入信されるのか、そうして、入信された方々が、どうして一貫して妙法の功徳に彩られているのかと申しますと、それは皆、大聖人様のお言葉を本当に真剣に心に刻んでいらっしゃるからであります。
  大聖人様が『経王殿御返事』に、
  「日蓮がたましひは南無妙法蓮華経にすぎたるはなし」(御書685n)と仰せのように、大聖人様の御魂が御本尊様に込められている。大聖人様の仏力、法力が南無妙法蓮華経の御本尊様には、きちっと具わっているのであります。
  また、大聖人様は『御義口伝』に、
  「本尊とは法華経の行者の一身の当体なり」(御書1773n)と御指南でございますが、この御指南のままに、御本尊様は大聖人様の御当体であると、純真に心から信じて唱題をする。いい加減にはしない。本当に大聖人様の御魂が具わっていると、心の底から信じて真剣にお題目を唱えているのであります。
  したがって、大聖人様の御書を拝読する際にも、決して疎かにはしません。われわれ一人ひとりに、親しく御指南くださっているのだと心から信じて真剣に拝し奉る。そのうえで、しっかりと折伏の誓願をし、実践しているのであります。
  私たちも、そういう心がけこそ大事だと思います。真剣に唱題に唱題を重ね、そうして真心を込めて下種をしていけば、必ず折伏はできる。あきらめることなく、こつこつと努力を積み重ねていけば折伏は成就いたします。
  これからあと、8月、9月、そうして御会式の10月と、皆さん方が誓願達成を目指して、一人ひとりが真剣に働き、動き、そうして折伏に精進させていただこうではございませんか。私たちには広宣流布のために御奉公するという大きな責任があります。このことを深く自覚して今後とも精進してまいりたいと思います。よろしくお願いいたします。
(平成20年8月1日 広布祈念唱題会において)

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