平成20年11月1日発行 高照山 第250号
三 大 秘 法 抄

 「像法には南岳・天台等は南無妙法蓮華経と唱へ給ひて、自行の為にして広く化他の為に説かず。是理行の題目なり。末法に入って今日蓮が唱ふる所の題目は前代に異なり、自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり」
(御書1594n)

(通釈)
 像法時代に南岳大師、天台大師等の唱えた南無妙法蓮華経の題目は、自行の為であって、広く化他の為には説かれなかった。これは、理行の題目である。末法に入って今日蓮が唱える所の題目は前代に異なり、自行化他に亘る南無妙法蓮華経である。

(解説)
 この御文において、大聖人様は、南岳大師、天台大師等は自行のためだけに題目を唱え、化他のために説かないのは「理行の題目」であると仰せられている。つまり、正義を説き、正法を修しても、折伏を行じないということは、大聖人様の御正意に反し、理の上の題目を唱えている事になり、何人の成仏も人々の救済も出来ないのである。理行の題目では、我々は実際に成仏する事が出来ない。自分の成仏のためにも、また悩める人びとのためにも折伏に邁進しましょう。

(住職法話)
 南無妙法蓮華経というお題目は、中国の南岳大師や天台大師や我が国の伝教大師も、御自身のためにお唱えになっております。しかし、日蓮大聖人様のお題目とは根本的に違います。それは、大聖人様のお唱えになったお題目は、自行化他に亘るお題目なのです。これを法体のうえから申しますと、久遠元初の仏様がお悟りになったところの、大聖人様御自身が直達正観して体得されたお題目であります。また、この『三大秘法抄』では、本日拝読の御文に続いて、
「名体宗用教の五重玄の五字なり」(御書1595n)ということを仰せになっていらっしゃいます。同様の御文は、『観心本尊抄』(御書658n)『曾谷入道許御書』(同783n)『御講聞書』(同1826n)等にも拝せられます。
 天台大師は『法華玄義』(巻第一下)において、妙法蓮華経の五字に名体宗用教の五重玄を立てて、その功能を判釈されました。しかし、天台大師の題目は自行の題目であります。天台大師は、釈尊五十年説法の本懐である法華経には、十界互具、一念三千の法義がきちっと説かれていることを明かされましたが、しかし、具体的に一人ひとりを折伏して、お題目を唱えなさいと勧めたところの題目ではないのです。
  天台大師は、『法華玄義』(巻第九上)に、
  「法華は折伏にして権門の理を破す」ということを述べられまして、法華経は一貫して折伏であるということを言われておりますけれども、しかし、仏法の大綱のうえから申しますと、その修行方法は観念観法という、像法時代の摂受の行でありました。
  ところが、大聖人様の仏法は、一閻浮提の一切の人びとに対して、三世諸仏の功徳の集まりである御本尊様に向かい、お題目を唱えていかなければだめです、という折伏によって救っていく教えなのであります。
  したがって、そこに自行の題目と自行化他に亘る題目との大きな根本的な違いがあるということを、皆さんもよく心得て、世間に啓蒙していっていただきたいと思います。
明年は、いよいよ『立正安国論』正義顕揚七百五十年の佳節に当たります。顕揚ということは、高く掲げて、世の中に広く名を顕し、揚げるという意味でありまして、大聖人様の正義を世の人びとに弘めて、救済することが大切であります。
  仏法においても、一番大事なことは、発心をするということであります。古い人も新しい人も、これから入信する人も、発心ということがなければ折伏は成就できません。これから決意をもって、新しい日蓮正宗の信徒として第一歩を踏み出すにしても、その決意、その誇り、折伏をやり抜くという一念心がなければ、幸せになることもできません。その人の発心が、その人の命を開発し、仕事を立派に充実させ、この世界を改革し、そうして一閻浮提の人びとを救済していく、そのことにつながっているのであります。一人ひとりの心の発心ということが、どれほど大事なことか知っていただきたいと思います。
  今年の目標も、まだたくさん残っております。皆さんが全部「一人が一人を折伏する」。このこと以外に目標を達成する道はありません。一人残らず発心をして、実際に行動を起こし、実践をする。そうして一歩を踏み出す。それ以外にありません。
  明年は総本山において「立正安国論記念展」が行われますが、展示品の内容も決まったようであります。妙光寺からは、大聖人様の一代記の絵を展示することになりました。昔、妙光寺のある御信徒が、大聖人様の御一代記を当時の絵師に画かせたものが残っておりまして、全部で67点展示されることになっております。また大正12年の関東大震災の時、当時の妙光寺御住職の大慈院日仁贈上人が指揮を取られて、信徒も奉仕して、日比谷公園に大きな天幕を張り、炊き出しをして大勢の市民を救いました。その活動を記録した写真や、炊き出しに使った鍋だとか釜だとか、そういう物も妙光寺に残っておりまして、一緒に展示することになっております。どうか、今から期待をして、御登山の節、ぜひ御覧をいただきたいと思います。
  そういう先人たちの信心を学び、皆さん方も今日の世界広布に向かって、日如上人猊下の御指南のもとに、新たなる妙法広布の道に御精進をいただきたいと思います。皆様の一大奮起をお願いいたしまして、本日の御挨拶とさせていただきます。よろしくお願いいたします。(平成20年10月1日 広布祈念唱題会において)

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