平成21年1月1日発行 高照山 第253号
妙光寺執事 内海雄幸

信 心 即 生 活

 皆さん、こんにちは。今、はじめて支部総登山に参加された方にお立ちをいただいたわけですけれども、立っておられない方もおられるでしょう。恥ずかしいからと、仕方がないでしょうけれども、あと10人ぐらいはいらっしゃるでしょう。ともかくも、御登山おめでとうございます。
  本日は皆さんと共に御登山を申し上げ、本門戒壇の大御本尊様、そして御法主上人猊下にお目通り申し上げることができて、本当に嬉しく思う次第でございます。また、先ほどは妙光寺支部、正道講支部の四者の方々の発表、すなわち体験発表、あるいは決意発表、それぞれ皆様方に感銘を与えたのではないかと思いますし、また発表された方々も一生の思い出になっているものと思うのであります。さらに、いつものことでございますけれども、婦人部の「すずかぜ合唱団」のコーラス、そうして少年部の「希望の星鼓笛隊」の演奏、この二つは、私は常日頃、どこに出しても恥ずかしくないと思っているのですが、そのすばらしいコーラスと演奏、本当にありがとうございました。皆様、コーラスとか鼓笛隊と申しますと、“何で仏教なのに、そういうような楽器を演奏したり、世間と同じようなことをやるんだ”と思う方も、もしかしたらいるかも知れませんので、ちょっとお話をしておきますが、これは法華経に基づいております。
法華経の寿量品の『自我偈』に、
  「諸天撃天鼓 常作衆伎楽 雨曼陀羅華 散仏及大衆(諸天天の鼓を撃って 常に衆の伎楽を作し 曼陀羅華を雨らして 仏及び大衆に散ず)」(法華経441n)
とあり、これがコーラスと鼓笛隊を表しています。要するに、さまざまな楽器を鳴らし、歌を歌って、仏様や仏様の教えを聞いている人たちに披露をするということが説かれているお経文であります。ですから鼓笛隊やコーラスは法華経の経文に基づいて、つくられているということを、皆さんに、もう一度感じ取っていただき、理解と協力を惜しまないでいただきたいと思います。
  さて、今日の登山においては、妙光寺支部、正道講支部の皆さんが、約900人近く、ここにいらっしゃっています。妙光寺の御信徒が、これほど多く一堂に会すということは、年に一度の合同の支部登山でしかあり得ません。妙光寺の本堂は相当大きな本堂だとは思いますけれども、実は座席は700名しか入れないのです。本日ここにおられる皆さん方が全部一度にいらっしゃったら、妙光寺の本堂に入り切れないわけです。そういう意義のある登山が今日行われているということであります。
  そこで、折角の機会でありますから、皆さんが、それぞれどこの地域からいらっしゃっているかということをみんなで確認し合いたいと思います。私が「どこそこからお越しの方」と申し上げたら、どうか恥ずかしがらずに手を挙げてみてください。「まず品川区からいらっしゃった方、手を挙げてみてください」。多
いですね。「次に品川区以外の東京都からいらっしゃった方」。「次に埼玉県からお越しの方」。「次に千葉県からお越しの方」。「次に神奈川県からお越しの方」。多いですね。「最後に今申し上げた地域以外からお越しの方」。関西からおいでの方もいらっしゃいます。御存知のように、妙光寺は品川区にあるわけでありますが、実に多くの地域に御信徒がいらっしゃるということを今、皆さんと共に確認をしたわけであります。
  皆さんには、これだけ多くの地域の方々が所属する妙光寺の法華講の一員であるという因縁を知っていただきたいと思います。
  さて、今日はそれほど時間もございませんので、ただ一つの項目につき皆さん方に申し上げたいと思うものであります。それは「信心即生活」といことであります。「信心即生活」という言葉を耳にしますと、生活の傍らに、あるいは生活の片手間に信心をすることだと思っている方がおられるかも知れませんが、それは大きな間違いであります。人間というものは、何事につけても優先順位というものを立てて、毎日毎日を生き、人生を生きるものであります。一日の生活で言えば、皆様方は朝起きて先ず何をするか。一番最初に、いきなり外出用の洋服を着だす人はいないでしょう。あるいは靴を履くなんていう人はいらっしゃらないのではないでしょうか。先ず顔を洗うとか、歯を磨くとか、トイレに行くとか、それぞれ優先順位というのは人によってまちまちですけれども、そういう生活の細かいところまで、信心というものを先ず優先順位の一番目に置くということが「信心即生活」であります。 ですから、もし逆に生活の片手間に信心をするということであると、つまり信心というものを優先順位の5番目とか6番目に置くような生活をしていたならば、本来の正しい功徳というものは出てまいりません。それはなぜかと言えば、即身成仏の境涯を自分自身の人生のなかに顕していくということが真の功徳だからであります。その即身成仏の境涯とはどういう境涯かと申しますと、どんな困難があっても、それを必ず自分自身で乗り越えるということができる境涯でございます。一見すると今は困ったこともないし、だから慌てて信心をすることもないんじゃないかと、そんなふうに思っている方もいらっしゃるかも知れません。
  ところが仏法におきましては、人間には宿業というものがあるということを説いているのであります。今は何もなくても自分自身の宿業というものは、何時どこに、どのような形で人生の一シーンに現れてくるか分かりません。もし、そういうものが現れて来たならば「その時に信心をしたら、いいではないか」と思うかもしれませんが、それもまた誤りでございます。予めそういった宿業といったものが自分自身にどうもあるらしい。もしくは、あると感じ、もし困難に遭遇したときに、それを克服するだけの命になっていれば、そういった困難を克服し、乗り越えることができるわけであります。逆にそういった命になっていなければ、その困難は克服できないということになります。ですから普段から何もない日常的な生活から「信心即生活」というものを心掛けている、その積み重ねというものが、とても大事になってくるわけでございます。
  世間におきましても、一流のアスリートと呼ばれる人たち、有名なスポーツ選手のことでありますが、そういった人たちは、普段からのコツコツとした努力というものがあったればこそ、オリンピックとかの大舞台での大活躍があるのであります。
  御法主日如上人猊下は、次のように御指南になっておられます。
  「大聖人は『衆生心身御書』に、『つゆつもりて河となる、河つもりて大海となる、塵つもりて山となる、山かさなりて須弥山となれり。小事のつもりて大事となる』(御書一二一六n)と仰せであります。大事を成すには小事を疎かにしてはなりません。常日頃の真剣な唱題と、倦まず弛まず折伏を行じ、本年を勝利していくところに、必ず目的達成の大事が成就することを確信する次第であります」(大日蓮719号5n)
と、このように仰せでございます。信心は、やはり普段からコツコツと陰日向なくやっていくということが大切だということであります。本当に真面目に信心を貫いて、いざ何かあったときにこそ、命の強さ、そして輝きというものを発揮するということであります。また、そういうことを教えているのが、日蓮大聖人様の仏法でございます。そうして、そういうことが可能な信心こそが、この大聖人様の一閻浮提第一の御本尊様を信じていくことなのだということを知っていただきたいと思います。
  さて次に、倦まず弛まず信心第一に励むという信心即生活が大事なのだということを理解されましたならば、今度は具体的に信心即生活とは何なんだろうかということに考えを及ぼしていただきたいと思います。
  信心とは自分自身も勤行唱題に励み、お講など寺院の行事のときに参詣し、本日のように総本山に登山し、大きな功徳を積みつつ、今度はこれを他の人にも分け与えていくことであります。これを自行化他と申します。究極の信心の姿、言葉を換えて言えば、最も大きな功徳がある信心の姿とは、この自行化他の実践、とりわけ折伏の実践であります。皆様方は世間にありまして、さまざまな方々と交流があると思いますし、身内の方で、まだ日蓮正宗の信心をしていらっしゃらない方もおられるでしょう。そういう方々に、日々時折、接するなかで、“いつか必ずこの人を折伏して共々に信心をしてみたい”と決意をするのであります。これを「発心(発菩提心)」と言うのであります。決意をし、発心をし、共に行動をするのです。分かりやすい言葉で申し上げれば、自分のことだけではなく、人様のことも真剣に考え、背負っていけるという豊かな心と体とを併せ持つ尊い境涯になれるということであります。もし、そういう境涯、命になることができたならば、世の中に遍満する苦しみや悩みなどは、たちまちにして消え去るということでもあります。そうして、その輪が広がっていった状態を「立正安国」と言うわけであります。その理想の時代の建設を、私たちは今、平成21年『立正安国論』正義顕揚七百五十年という命題を通して与えられているのであります。
  どうか、そういった意味で、最初に皆様にお伺いしたように、それぞれお住まいの地域、あるいは環境において、これからも信心即生活の実践、折伏の実践が、自分自身、本当にできているんだろうかということを見つめ直しつつ、皆様お一人おひとりが尊い人生を歩んで行っていただきたいと思うものでございます。来年度は妙光寺支部が6回、正道講支部が4回、支部登山を予定しております。本日、御参集の皆様方一人ひとりが、来年には一人が一人以上の人を必ず折伏して、総本山にお連れして、そうして立正安国、幸福の境涯を築き上げるという、時に適った信心をしていただきたいということを申し上げまして、本日の御挨拶に代えさせていただく次第でございます。本日の御登山まことにおめでとうございました。
(平成20年11月16日 妙光寺法華講合同支部総登山会 総本山常来坊において)

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