平成21年8月1日発行 高照山 第260号
内海雄幸師

高照山妙光寺 山号寺号の意義

 新御住職も含めまして、開基の総本山第55世日布上人をはじめ、妙光寺の歴代の御住職すべてが、宗門におきましても徳の高い高僧、名僧でいらっしゃいます。そういったことも含めまして、妙光寺の山号、寺号について、お話申し上げたいと思います。
 高照山妙光寺(現在の静岡県富士市吉原境正光寺)というお寺は、元和2年(1616)4月に駿河国駿東郡境村に本山大石寺第15世日昌上人の開基によって建てられたお寺でありますが、そのお寺の山号寺号のみを、明治26年5月に品川へ移転するということになりました。当時は寺院の新設が禁じられておりましたので、そういう形を取ったわけであります。
 高照山妙光寺とは「高く妙の光を照らす寺」という言葉になるわけであります。これは高い境界をもって妙法の光をもって、幽冥の(深く暗い)境界をも照らすということでありまして、一切衆生を救済する大聖人様の徳を表す、そういう名前を冠したお寺こそが、この高照山妙光寺でございます。
 中国の天台大師は、釈尊一代五十年間の説法を華厳・阿含・方等・般若・法華涅槃の五時に分類いたしまして、華厳経を説かれた第一時は、あたかも太陽が出て先ず高山を照らしたようなものであり、阿含経を説かれた第二時は、幽谷(深い暗い谷)を照らしたようなものであり、方等経を説かれた第三時は、ちょうど朝食の時のようなものであり、般若経を説かれた第四時は、たとえば午前10時ごろに当たり、最後に最高の教えの法華経・涅槃経を説かれた第五時は、あたかも正午に太陽が高く昇って、万物に陰りが無く、あらゆるものを照らし出したのと同様であると説かれております。
 私達の縁をしたこの高照山妙光寺は、仏教における最高の教えである日蓮大聖人様の教えを信じ、行じ、そして、その高い境界のうえから折伏を行じていく寺院としての意味があるのであります。ですから自らもその名前の由来に恥じない信心をして、厳しくても温かい、訪れた人が本当に清らかで幸せな心になれるような寺院を、これからも、どうぞ皆様方で造っていっていただきたいと思うものでございます。
 日蓮大聖人様は『撰時抄』に、
 「仏日を用て国土をてらせ」  (御書836)
ということをおっしゃっておられます。仏様の教えを太陽に譬えているわけですね。この教えをもって国土世間、妙光寺で言えばこの地域社会を照らしていきなさい。折伏していきなさいという御指南でございます。 また『寂日房御書』には、法華経の『神力品』の文を引かれまして、
 「経に云はく『日月の光明の能く諸の幽冥を除くが如く、斯の人世間に行じて能く衆生の闇を滅す』と。此の文の心よくよく案じさせ給へ。『斯人行世間』の五つの文字は、上行菩薩末法の始めの五百年に出現して、南無妙法蓮華経の五字の光明をさしいだして、無明煩悩の闇をてらすべしと云ふ事なり。日蓮等此の上行菩薩の御使ひとして、日本国の一切衆生に法華経をうけたもてと勧めしは是なり。此の山にしてもをこたらず候なり。今の経文の次下に説いて云はく『我が滅度の後に於て応に此の経を受持すべし。是の人仏道に於て決定して疑ひ有ること無けん』云云。かゝる者の弟子檀那とならん人々は宿縁ふかしと思ひて、日蓮と同じく法華経を弘むべきなり」(御書1393)
と仰せでございます。私達が本年まさしく行じるべき修行の方法というものが、この『寂日房御書』に、すべて説き明かされているわけであります。すなわち大聖人様の三大秘法を持ち信仰する我々日蓮正宗の僧俗は、常に唱題を欠かさず、自行化他の信心を貫き、妙法の光をもって国土を照らし、謗法に迷える一切の人びとを救っていかなければならないのであります。
 皆様方には『立正安国論』正義顕揚750年のこの大佳節に巡り会うことができたという、本当の意味での深い仏法の縁を感じていただきまして、御命題の貫徹を目指して、折伏と家庭訪問に精進をしていっていただきたいということを申し上げて、本日の御挨拶に代えさせていただく次第でございます。

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