平成十九年二月度座談会
文永九年二月  五十一歳
開 目 抄

 「涅槃の疏に云はく「仏法を壊乱するは、仏法の中の怨なり。慈無くして詐り親しむは、是れ彼が怨なり。能く糾治せん者は、是護法の声聞、真の我が弟子なり。彼が為に悪を除くは、即ち是彼が親なり。能く呵責する者は、是我が弟子。駈遣せざらん者は、仏法の中の怨なり」等云云。」(新編577頁)

(通釈)
 章安大師の涅槃経疏に仏法を破壊し乱す者は仏法の中の怨である。慈悲を失い、いたずらに偽り謗法の人々に親しむ者はこれ彼が為には怨となる。此等の人々を糾弾し治罰する者はこれ護法の声聞、真の我が弟子である。彼が為に謗法の悪知識を捨てさせる者は彼が親である。よくしかり責める者はこれは我が弟子である。謗法を追放しない者はこれ仏法の中の怨である。

(解説)
 此の章安大師の御文は釈尊の遺された涅槃経の「若し善比丘、法を壊る者を見て、置いて、呵責し、駈遣し、挙処せずんば、当に知るべし、是の人は仏法の中の怨なり。若し能く駈遣し、呵責し、挙処せば、是我が弟子、真の声聞なり」という経文を解釈されたあまりにも有名な御文である。私達も此の経疏を心に銘記して、多くの人々を救っていこう。

戻る