平成19年10月度座談会
曾 谷 殿 御 返 事

 「涅槃経に云はく「若し善比丘あって法を壊る者を見て、置いて呵責し駈遣し挙処せずんば、当に知るべし、是の人は仏法の中の怨なり。若し能く駈遣し呵責し挙処せば、是我が弟子、真の声聞なり」云云。此の文の中に見壊法者の見と、置不呵責の置とを、能く能く心腑に染むべきなり。法華経の敵を見ながら置いてせめずんば、師檀ともに無間地獄は疑ひなかるべし」(新編1039頁)

(通釈)
 涅槃経に、「もし善き比丘があって正法を壊る者を見ながら、叱り責めることもなく、謗法をはらい対治することなく、誤りを糾弾する事もなかったならば、此の人は仏法の中の怨である。もしよく謗法を対治し、しっかり責め、はっきりと糾弾せば、是の人は我が弟子であり、真の僧侶である。」とある。此の文の中の正法を壊る者を見ての「見」と、置いて呵責せずの「置」とをよくよく心腑に染めなければならない。法華経の敵を見ながら放置して責めなければ、師も檀那も共に無間地獄に堕ちる事は疑いがない。

(解説)
 これは涅槃経の寿命品の有名な御文である。謗法の人を見て見ぬふりをし、謗法の宗旨や教義を破折することもなく、謗法の行為や法要に参加する事を許していると、いつまでたっても相手を救うことが出来ません。常に折伏を忘れず、注意をうながし、正法に導くことが大切です。さあみんなで力を合わせ謗法不信の人を正法の人へと導きましょう。

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