平成20年8月度座談会
曽 谷 殿 御 返 事

 「法華経の敵を見ながら置いてせめずんば、師檀ともに無間地獄は疑いなかるべし。(中略)謗法を責めずして成仏を願はば、火の中に水を求め、水の中に火を尋ぬるが如くなるべし。はかなしはかなし」
(新編1040頁)

(通釈)
 法華経の敵を見てもそのまま放置して折伏しなければ、僧侶も信徒も共に無間地獄に墜ちる事は疑いない事である。謗法を責めないで成仏のみを願うならば、火の中に水を求め、水の中に火を尋ねるようなものである。願いもはかなく消えてしまう。

(解説)
 今回拝読した御文において、大聖人は、謗法呵責の精神を忘れて、如何に自行に励もうとも成仏は叶わず、そればかりか、謗法を見てそのままにして置くという「見」と「置」の罪を作っていくならば、師檀、即ち僧侶も信徒も、ともに無間地獄に墜ちるとまで諫められている。したがって、法華経の敵となる謗法を許さず、敢然とこれを破折していく折伏行こそ、仏意に叶う修行であり、功徳を積んでいく最高の道である事を確信していただきたい。平成二十一年立正安国論正義顕揚七百五十年の佳節における地涌倍増と大結集の御命題達成のためには、一に折伏、二に折伏、そして三に育成の心意気で精進していかねばならない。

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