平成20年11月度座談会
新 池 御 書

 「雪山の寒苦鳥は寒苦にせめられて、夜明けなば栖つくらんと鳴くといへども、日出でぬれば朝日のあたたかなるに眠り忘れて、又栖をつくらずして一生虚しく鳴くことをう」
(新編1457頁)

(通釈)
 雪山の寒苦鳥は寒さの苦しみに堪えかねて、夜が明けたならば巣を作ろうと鳴くけれども、日が出てしまうと朝日の暖かさによってそれを眠り忘れてしまい、巣を作らないで一生虚しく鳴いていた。

(解説)
 この御文において、「寒苦にせめられて」とは衆生の一般的な姿、「栖つくらん」とは修行をしようと志した事、
「あたたかなるに眠り忘れて」とは修行を放棄したことに譬える事ができます。人が修行を忘れた時は、たとえ目的を実現していても、そこから脱落が始まるのです。大聖人様の信仰を清らかに持つ人なら、どんなに恵まれても傲慢にならず、その恵まれた状況に感謝し、持てる力を広宣流布や他人の幸福のために使い、逆にどんなに厳しい状況に追い込まれても平然と耐え、人間の品位と尊厳を失わず悠々と生き、やがてその困難な状況を克服し、耐えた自分に誇りを抱く時を迎える事ができるのです。

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