平成21年 4月度座談会
御 講 聞 書

 「所詮不信の心をば師となすべからず。信心の心を師匠とすべし。浄心信敬に法華経を修行し奉るべきなり。されば「能持是経、能説此経」と説きて能の字を説かせ玉へり。」
(新編1857頁)

(通釈)
 どんな事があっても不信の心を師としてはなりません。信心の心を師匠としなさい。浄らかな心で信じ敬って法華経の真実の修行を励むべきです。法華経の中には、「能くこの妙法蓮華経を護持しなさい。能くこの妙法蓮華経を説き聞かせなさい。」と説かれて、「能く」の一字の大切さが説かれています。

(解説)
 正しい信仰を求め、本当の幸せを成就し、大きな福徳を願うならば正法に対する不信の心、退く心、逃げる心、怠惰な心を師としたり、そうした心に支配されていては正法につくことが出来ません。従って幸せにもなれません。幸せになるためには正法を求め正義を修し正信を貫く「信心の心」を師匠とし、向上心、求道心にもとずく信心の心をしっかりと持つ事が大切なのです。法華経の提婆品に「浄心信敬」とあるように、浄らかな純粋な心、最も勝れた御本尊と御本仏の教導を信じ敬う心を失ってはなりません。そして、少々の難や、つらい事があっても、人から中傷されようとも、さげすまれようとも、中傷批判する人の方が人間として、はるかに劣っているのです。「能く持ち」「能く自らに言い聞かせ」また「他の人々に能く伝え、広く導いて行く事」がどれ程尊いかという事を知るべきであります。

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