御書講(平成十九年十二月)
文永十二年一月二十七日  五十四歳
四条金吾殿女房御返事(三)


 華厳経の文にて候を止観の第八に天台大師よませ給ヘり。但し信心のよは(弱)きものをば、法華経を持(たも)つ女人なれどもす(捨)つるとみへて候。例( れ い )せば大将軍心ゆわ(弱)ければした(従)がふものもかい(甲斐)なし。ゆ(弓)みゆわ(弱)ければつる(弦)ゆる(緩)し、風ゆるなればなみ(波)ちひ(小)さきはじねん(自然)のだうり(道理)なり。しかるにさえもん(左衛門)どの(殿)は俗のなかには日本にかた(肩)をなら(並)ぶベき物もなき法華経の信者なり。これにあひ(相)つれ(連)させ給ひぬるは日本第一の女人なり。法華経の御ためには竜女とこそ仏はをぼ(思)しめ(召)され候らめ。女と申す文字をばかか(掛)るとよみ候。藤の松にかか(掛)り、女の男にかか(掛)るも、今は左衛門殿を師とせさせ給ひて、法華経ヘみち(導)びかれさせ給ひ候ヘ。又三十三のやく(厄)は転じて三十三のさい(幸)はひとならせ給ふべし。七難即滅七福即生とは是なり。年はわか(若)うなり、福はかさ(重)なり候ベし、あなかしこ、あなかしこ。
  正月二十七日 日  蓮 花押
四条金吾殿女房御返事 (新編757
頁)

(通釈)
 この事は華厳経に説かれている所であるが、天台大師が摩訶止観の第八にお説きになっている。但し信心の弱き者は法華経を持つ女人と雖も諸天から捨てられるのである。たとえば大将軍の心が弱ければ従う者も弱く頼りにならず、弓が弱ければ弦も緩み、風が弱ければ波が小さいのは、いずれも自然の道理である。しかるに左衛門尉殿は俗人の中では日本で肩を並べるべき人もいない法華経の信者である。その人に相連れ添う貴女は日本第一の女人である。法華経の御ためには竜女の如く仏は思われるであろう、女と言う文字はかかると読むが、藤の松にかかり、女の男にかかる如く貴女も今左衛門尉殿を師と仰いで法華経の信心に励みなさい。又三十三の厄は、転じて三十三の幸いとなるであろう。七難即滅七福即生とはこのことである。年は若くなり福は重なっていくであろう。あなかしこ、あなかしこ。
  正月二十七日 日  蓮 花押
四条金吾殿女房御返事 

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