御書講(平成20年4月)
建治元年五月八日  五十四歳
一谷入道女房御書(四)


 世間の人々いかに申すとも信ずることはあるべからず。かへりて死罪流罪となるべしとはかねて(兼)知りてありしかども、今の日本国は法華経をそむき(背)、釈迦仏をす(捨)つるゆへに、後生に阿鼻大城(あびだいじょう)に堕(お)つることはさてをきぬ。今生に必ず大難に値(あ)ふべし。所謂(いわゆる)他国よりせ(責)めき(来)たりて、上一人より下万民に至るまで一同の歎(なげ)きあるべし。譬へば千人の兄弟が一人の親を殺したらんに、此の罪を千に分けては受くべからず。一々に皆無間大城(むけんだいじょう)に堕ちて同じく一劫(こう)を経(ふ)べし。此の国も又々是くの如し。
 娑婆世界は五百塵点劫(じんてんごう)より已来(このかた)教主釈尊の御所領なり。大地・虚空・山海・草木一分も他仏の有(もの)ならず。又一切衆生は釈尊の御子なり。譬へば成劫(じょうこう)の始め一人の梵王(ぼんのう)下りて六道の衆生をば生みて候ひしぞかし。梵王の一切衆生の親たるが如く、釈迦仏も又一切衆生の親なり。又此の国の一切衆生のためには教主釈尊は明師にておはするぞかし。父母を知るも師の恩なり。黒白(こくびゃく)を弁(わきま)ふるも釈尊の恩なり。而るを天魔の身に入りて候善導(ぜんどう)・法然(ほうねん)なんどが申すに付けて、国土に阿弥陀堂を造り、或は一郡・一郷・一村等に阿弥陀堂を造り、或は百姓(ひゃくせい)万民の宅(いえ)ごとに阿弥陀堂を造り、或は宅々人々ごとに阿弥陀仏を書き造り、或は人ごとに口々に或は高声に唱へ、或は一万遍或は六万遍なんど唱ふるに、少しも智慧ある者は、いよいよこれをすヽむ。譬へば火にかれ(枯)たる草をくわ(加)へ、水に風を合はせたるに似たり。
(新編827頁)

(通釈)
 世間の人は何といってもっこの法華経を信じないばかりでなく、かえって日蓮を流罪、死罪にするだろうということは、かねて知っていたけれども、今の日本国は、法華経に背いて、釈尊を信じないから、謗法の罪によって後生は必ず無間地獄に堕ちる事は言うまでもなく、今生にも必ず大難に値うのである。それというのは他国から攻めて来て、上一人から下万民までが、皆一同に嘆く事があるであろう。譬えると、千人の兄弟が一人の親を殺した時、この殺父の罪を千に分けて受けるのではなく、皆一々に無間地獄に堕ちて、どれも一様に一劫の長い間を苦しみの中に経なければならない。この国もまたこのように、一々の人が各々その罪を被るのである。この裟婆世界はその久遠の五百塵点劫から已来、教主釈尊の御所領である。大地、虚空、山、海、草、木に至るまで少しも他の仏の物ではない。また、その中の一切衆生は皆釈尊の御子である。譬えると、この世界の出来始めの時、天から一人の梵王が下って、六道の衆生を生んだのであるから、梵王は一切の衆生の親であるように、釈迦仏もまた一切衆生の親である。ただ我等衆生の親たるばかりではなく、一切衆生に善悪の分別、父母の恩等の道理を教えて下さる師匠である。この主の恩、師の恩、親の恩の三恩ある大切な釈尊の御徳を忘れて、天の悪魔に魅入られた善導、法然等が言う事に従って、国に阿弥陀堂を造り、或は一郡、一村等に阿弥陀堂を造り、或は百姓万民の家ごとに阿弥陀堂を造り、或は家々、人々ごとに阿弥陀仏を絵に描いたり、木像に刻んだり、或は人ごとに口々に、高声に南無阿彌陀仏と唱え、一万編とかまたは六万編とか唱えているのに、その上少しでも智恵の有りそうな者が、この念仏称名を勧誘している有様である。これは恰も火の中へ枯れ草を投げ入れ、波を風に吹かせると、益々火は強く、波は高くなるばかりであるようなものである。

戻る