日 曜 講 話

 本宗に於ける信仰の要諦は、宗祖日蓮大聖人が『三大秘法抄』に、
  「末法に入て今日蓮が唱る所の題目は前代に異り自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり」
(全一〇二二)とお示しの如く、勤行を中心とした自行の精進と、折伏弘通の実践であります。
  私はその一環として、昭和六十二年五月の妙光寺赴任以来、毎週日曜日の朝、早朝勤行の後、少々の法話を続ける事に致しました。
  これは曽つて浦和常生寺在任中、常生寺の創立十周年を迎えるに当って、本堂、庫裡等の建物を荘厳する事も大切であるが、一つには我が身の精進を通して御報恩に供したいと思い、昭和五十一年の初頭より「日曜講話」を始める事にしたのでした。
  どんなに小さい発心でも毎週毎週続けるという事は、確かにつらい時もあります。一週間の間、新聞もろくに読めない程に忙しく過ごした週末の夜には、苦痛を感ずる事も、実際にはあるのです。
  しかし私自身深く心に決めた事でもあり、毎週本堂に溢れんばかりに参詣して下さる檀信徒の皆様の聴聞の熱意を思う時、決然として講を起こし励行せざるを得ません。
  このつたない法話でも、誰かの信心覚醒の一助ともなり、大聖人の正義を宣揚し、正法の光を更に光被させる事が出来るならば、それは説者にとっては望外の幸せであります。 この講話の上梓に当り、毎日曜毎にテープに収め、文字に起こし、ワープロを打って下さっている編集部員の労をねぎらいつつ、皆様の御健勝と支部の発展を心から希うものであります。

昭和六十三年二月十六日      
妙光寺第八代住職 尾林広徳(日至)

『日曜講話』第一号(昭和63年3月6日発行)
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