妙光寺通信 ゲストの皆様へ (3−6)

「信を以て慧に代ふ」

  日蓮大聖人は私達末法の信心の機根の低い凡夫が成仏を果たす要諦として、「信」の一字の尊さを教えられ、また私達は自分達のあさはかな智慧によって仏になるのではなく、広大な仏の智慧も、信の一字の修行の中に仏様の大慈悲によって仏様から頂く事が出来る事を明らかにされています。

 大聖人は『四信五品抄(ししんごほんしょう)』において
「慧又堪(た)へざれば信を以て慧に代ふ。」(御書1112)と仰せになって、信の一字の修行のもとに智慧の修行に代えると仰せられるのです。

 日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ、御本尊に対する絶対の確信をもって唱題する時に、こんこんと仏様の教導と御はからいが御仏智として、一人一人の精進の身の上に、脳裡の上に涌出(ゆじゅつ)し、確かに賜る事が出来るのです。

 日蓮大聖人は
「三世の諸仏の智慧をかうは信の一字なり。智慧とは南無妙法蓮華経なり。信は智慧の因にして名字即(みょうじそく)なり。信の外(ほか)に解(げ)無く、解の外に信無し。信の一字を以て妙覚(みょうがく)の種子と定めたり。」
(『御義口伝』御書1738)と、信の一字こそ智慧の種子であり、成仏の本種子である所以(ゆえん)を説き示されています。

 御仏智を賜るのも、大切な功徳を頂けるのも、そのもとは正しい信仰を貫く事に限るのです。

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