妙光寺通信 ゲストの皆様へ (3−14)

「具体的な幸福の実現」

    日蓮大聖人の「当体義抄」における
「正直に方便を捨て但法華経を信じ、南無妙法蓮華経と唱ふる人は、煩悩・業 ・苦の三道、法身・般若・解脱の三徳と転じて、三観・三諦即一心に顕はれ、 其の人の所住の処は常寂光土なり。能居・所居・身土・色心・倶体倶用の無 作三身、本門寿量の当体蓮華の仏とは、日蓮が弟子檀那等の中の事なり。」 (御書 六九四)

「日蓮が一門は、正直に権教の邪法邪師の邪義を捨てヽ正直に正法正師の正義 を信ずる故に、当体蓮華を証得して常寂光の当体の妙理を顕はす事は、本門 寿量の教主の金言を信じて南無妙法蓮華経と唱ふるが故なり。」 (御書 七〇一)
  の御文や「報恩抄」における
「日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外未来までもながるべし。日 本国の一切衆生の盲目をひらける功徳あり。無間地獄の道をふさぎぬ。此の 功徳は伝教・天台にも超へ、竜樹・迦葉にもすぐれたり。」 (御書 一〇三六)

  等々の御教示を拝すると、日蓮大聖人は正に万人の幸福と安寧の道を末法万年にわたって確立され、その具体的な実践道を明示されている事が明らかであります。此の雄大、かつ具体的な幸福論は、他に類例をみない御本仏の大慈大悲にもとづく七難即滅七福即生の幸福論である。

  それにひきかえスイスの法学者、哲学者カール、ヒルティの「幸福論」、フランスの哲学者アラン、等々世界的に有名な幸福論は単なる学者の評論、エッセイでしかない事がわかる。

  日蓮大聖人の御教示された仏法の足もとにも及ばない事を知るべきである。

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