妙光寺通信 ゲストの皆様へ (3−17)

「身心を磨く」

 仏教では生まれながらの凡庸な人間のことを「凡夫」と言い、その凡夫の心を「凡心」と申します。

 また八万四千とも言われる無数の煩悩によごれた命を「煩悩身」と言い、仏の命を持った即身成仏の人命を「仏身」と言います。

 法華経の極理で、根本の大法である久遠元初の妙法蓮華経の大法に帰依し、信受して唱題に励むと、どんな人でも過去世の宿業や、謗法の罪障を消滅し、身心を磨き、凡身を仏身へと転換する事が出来るのです。
何とすごい事ではありませんか。

 日蓮大聖人は人間の生命を磨き、全ての人々の身を仏身へと導く為に此の世に出現せられたのです。

 その故に日蓮大聖人は「一生成仏抄」に
深く信心を発こして、日夜朝暮に又懈らず磨くべし。何様にしてか磨くべき、只南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを、是をみがくとは云ふなり。」(御書四六)と身心を磨く事の大切さを教えて下さっています。

 また「本因妙抄」に
「信心強盛にして唯余念無く南無妙法蓮華経と唱へ奉れば凡身即ち仏身なり。是を天真独朗の即身成仏と名づく。」(御書一六七九) と、御本尊を信じて南無妙法蓮華経と日夜朝暮に勤行唱題をやりぬけば、いかなる宿業の重い人でも、謗法の罪障の深い人でも、全ての人が仏身を成就することが出来ると御教示下さっています。
(妙光寺通信三―十七)

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