妙光寺通信 ゲストの皆様へ (3−30)

「与同罪について」

 謗法の神社や謗法の寺院へ参詣すること、また謗法の神社の祭礼や儀式、法要に参加し謗法の僧俗と同座することは、謗法者の誤った宗教儀式に肩入れし、与同することとなります。
  正宗の寺院の者が謗法者の供養を受けること、また正信の人が謗法の社寺へ参詣して布施をすることも謗法与同となります。
  正信の人が謗法の社寺の悪法、悪師に親近し、正法を謗る人々や謗法の行為を見た時は、その宗教上の誤りを誡め、破折し、決して放置しない事が大切です。
  謗法者の謗法行為を見ながら、これをいつまでも許している事が謗法に与同する者となり、誹謗正法の共犯者となってしまいます。
  日蓮大聖人は「曽谷殿御返事」に、
   謗法(ほうぼう)を責(せ)めずして成仏(じょうぶつ)を願(ねが)はば、火(ひ)の中(なか)に水(みず)を求(もと)め、水(みず)の中(なか)に  火(ひ)を尋(たず)ぬるが如(ごと)くなるべし。はかなしはかなし。何(いか)に法華経( ほ け きょう)を  信(しん)じ給(たも)ふとも、謗法(ほうぼう)あらば必(かなら)ず地獄( じ ごく)にをつべし(御書一〇四〇)
と仰せであり、また日興上人は「日興遺誡置文」に、
   一、謗法(ほうぼう)を呵責(かしゃく)せずして遊戯(ゆげ)雑談(ぞうだん)の化儀(けぎ)並(なら)びに外書歌道(げしょかどう)を好(この)むべからざる事(こと)
   一、檀那(だん な )の社参物詣(しゃさんものもう)でを禁(きん)ずべし
   一、謗法(ほうぼう)の供養(くよう)を請(う)くべからざる事(こと) (御書一八八四)
と仰せになられています。
  正信の信徒は宗教の正邪、善悪を区別して、正道を貫き、謗法を呵責し、与同しない意識を持って下さい。
  未だ正法に帰依出来ていない人も、謗法与同の恐ろしさを知って頂きたいと思います。


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