妙光寺通信 ゲストの皆様へ (3−33)

「邪法邪師の邪義を捨てて正法に帰せよ」

 念仏や真言、禅等の邪法邪師の邪義を信じ、また長い間の家の宗教として、それ等の権教権宗を守って来た人々の救済は、念仏や真言、禅等を更に修して救われるのではありません。
  反対に念仏や真言、禅等を修すれば修する程に悪業を積む事になります。権宗、権教の人々を真に救うのが法華経であり、真実の正法に帰依する以外に、邪宗に毒された人々を救う道はないのです。
  インドの釈尊は法華経の「方便品」に
   正直(しょうじき)に方便(ほうべん)を捨(す)てて但無上道(ただむじょうとう)を説(と)く(開結124)と説いて、釈尊自らが権経、権宗の方便を捨てて、法華経の真実を説くと言われ、また譬喩品には、
   但楽(ただねが)って大乗経典(だいじょうきょうでん)を受持(じゅじ)して乃至余経(ないしよきょう)の一偈(いちげ)をも受(う)けざる有(あ)らん(開結183)と最後には、法華経以外の余経は一偈をも受けてはならないと禁められています。日蓮大聖人はまた「大田入道殿御返事」に涅槃経の文を引かれて、
   「若(も)し是(こ)の正法(しょうぼう)を毀謗(きぼう)するも能(よ)く自(みずか)ら改悔(かいげ)し正法(しょうぼう)に還帰(かんぎ)するこ
   と有(あ)れば、乃至此(ないしこ)の正法(しょうぼう)を除(のぞ)いて更(さら)に救護(くご)すること無(な)し。是(こ)の故(ゆえ)に応当(まさ)に正法(しょうぼう)に還帰(かんぎ)すべし」云云(うんぬん)。荊渓大師云(けいけいだいしい)はく「大経(だいきょう)に自(みずか)ら法華(ほっけ)を指(さ)して極(ごく)と為(な)す」(御書912)と教示されています。
  念仏、真言、禅等の邪法邪師の邪義に従っている人々は何よりも、権宗権経の方便を捨てて、但一刻も早く法華経の極理に帰し、過去世の罪障を消滅し、正法による真実の功徳に浴し、本当の幸せを成就せられる事を願って止みません。

戻る