妙光寺通信 ゲストの皆様へ (3−34)

「良薬変じて毒薬となる恐ろしさ」

 念仏宗の家や、禅宗、真言宗の家庭に生まれた人が、代々の宗教を引き継ぎ、その宗旨で告別式や法要を修する事は一見、立派な親孝行の姿であり、善根を積んでいると皆さんは思いこんでおられませんか。
  しかし如何なる理由であれ、法華経の大善根、正法の極理に基づく事なく、権教を修して実教を捨て、小善に執して大善を離れるならば、功徳を失うのみならず、真実の孝養を果たす事にはならないのです。
  皆さんは大変に驚かれた事でしょう。
  しかし仏法上の正当な理由の上から申し上げますと、日蓮大聖人は「下山御消息」に、
   小善(しょうぜん)を持(たも)ちて大善(だいぜん)を打(う)ち奉(たてまつ)り、権教(ごんぎょう)を以(もっ)て実教(じっきょう)を失(うしな)ふとがは、小善還(しょうぜんかえ)って大悪(だいあく)となる。薬変(くすりへん)じて毒(どく)となる。親族還(しんぞくかえ)って怨敵(おんてき)と成(な)るが如(ごと)し。難治(なんじ)の次第(しだい)なり(御書1138)と仰せになっています。
  一切の神を敬い、一切の仏に供養するも、それらは功徳とならずかえって大悪となり、良薬も大毒となるのです。
  権教よりも法華経の実理に帰依して後、法華経を持って法華経の極理である南無妙法蓮華経の大法を以て救済される事が大切なのです。
  さあまずは真実の法華経に帰依致しましょう。一切はそこから始まります。

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