妙光寺通信 ゲストの皆様へ (3−36)

「天睛地明の尊さについて」

 日蓮大聖人の「観心本尊抄」の末文に、
   天台(てんだい)の云(い)はく「雨(あめ)の猛(たけ)きを見(み)て竜(りゅう)の大(だい)なるを知(し)り、花(はな)の盛(さか)んなるを見(み)て池(いけ)の深(ふか)きを知(し)る」等云云(とううんぬん)。妙楽(みょうらく)の云(い)はく「智人(ちじん)は起(き)を  知(し)り蛇(じゃ)は自(みずか)ら蛇(じゃ)を識(し)る」等云云(とううんぬん)。天晴(てんは)れぬれば地明(ちあき)らかなり、法華(ほっけ)を識(し)る者(もの)は世法(せほう)を得(う)べきか(御書661)
という事が明かされています。
  此の御文は太陽が東から昇る事によって真夜中の闇が晴れて、天下、地上の十方の全てを見、識る事が出来るように、妙法蓮華経の大法の力用を通して、大仏法の久遠元初の起源も、深遠な哲理も、広大な功徳も、力用も、その全てを知る事が出来ると言う事を御教示された、誠に尊い御文証である事を認識しなければなりません。
  正しい勝れた信仰をし、最勝の仏の御教導に従えば、こうした境地が開かれる事を知るべきであって、特定の信仰を持つ事は何か一方的に特定の教義を押しつけられると考えている人がありますが、それはとんでもない間違いと言うべきです。 
  正しい信仰に就いて、正しく一切の物を見る目を養い身につけましょう。

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