妙光寺通信 法華講員の皆様へ (1−5)

「主師親の三徳を兼ねそなえた仏」

  日蓮大聖人は主師親の三徳の大事なことについて、『開目抄』の冒頭に、
「一切衆生の尊敬すべき者三つあり。所謂、主・師・親これなり。」(御書五二三頁)と仰せになって、全ての人々が尊敬すべきものとして挙げられています。

 此の三徳の中の第一に挙げられる「主徳」とは、仏法の奧義を悟り、最も勝れた本尊を確立して、大慈悲の上から一切の人々に授けられる仏、つまり「教主」を意味しています。

 第二の「師徳」とは正しい教えを大衆に説き示し、教導される「師匠」の事であり、真の仏は実際に人間界に出現されて私共と師弟の関係を結びつつ、導いて下さるのです。

 第三の「親徳」とは仏が一切の人々の「親」として信仰の実践の上に大きな功徳を授けて下さる広大なる慈愛の働きをいいます。

 真実の仏は必ず一切衆生の救済の為にこの世に出現され、以上の三徳、つまり「教主の働き」「師匠の教導」「親の慈愛」の徳を具体的に確立されて、始めて真実の具体的な救済が成立するのです。

 阿弥陀如来や薬王、薬師、また文殊や観音等の仏菩薩達は、実際にこの世に出現された事がなく、実際に御本尊を授け、人を教導した事実がありません。従ってこうした仏菩薩をどんなにあこがれ、拝んでも何の功徳を生み出す力も方法も成立していないのです。
私達一切衆生との間に主師親の三徳が全て具わっている日蓮大聖人こそ生きた真実の仏なのです。

 日蓮大聖人は、
「日蓮天上天下一切衆生の主君なり、父母なり、師匠なり。」(『産湯相承事』御書一七一〇)と、主師親三徳にもとづく一切衆生の仏である事を宣言なされているのです。

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