妙光寺通信 法華講員の皆様へ (1−18)

「信心の血脈」

 日蓮正宗の僧俗には皆等しく「信心の血脈」が流れ通っています。

 今、信心の血脈について、妙法蓮華経の御本尊の法脈、法水の流れから申し上げますならば、総本山大石寺の本門戒壇の大御本尊を根本にして、全国の末寺に安置の御本尊はその御内証の御写しであり、また、全世界の御信徒の所持の御本尊への法脈がつながっています。

 日蓮大聖人の仏力、法力が流れかよっています。

 又、日蓮大聖人以来の唯授一人の法体の血脈相承によって、日蓮大聖人の法体の血脈が常に御当代上人へ継承され、御当代上人より各寺の住職へ、そして全信徒へと「信心の血脈」がつながっているのです。仏力、法力の法水が流れ通っているのです。

 日蓮正宗信徒の「信心の血脈」「生死一大事の血脈」は歴代上人の「法体の血脈」と師弟一如、異体同心の筋道を離れては実在しないのです。
よって信心の血脈をはなれては一人の成仏も功徳もあり得ないのです。

 純真な、清々しい信心の血脈が如何に大事であるかということを忘れてはなりません。

 日蓮大聖人は『生死一大事血脈抄』の結語に「信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり。」と仰せ遊ばされています。

 日蓮正宗の信徒となるということは此の信心の血脈を受け継ぐ事なのです。

 何と尊い有り難い信仰の筋目ではありませんか。

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