妙光寺通信 法華講員の皆様へ (1−33)

「利生を心みよ」

 日蓮大聖人様は末法出現の御本仏として、唯一絶対の久遠元初の妙法蓮華経の大法という正法正師の正義を弘通されているという大確信をお持ちであります。
  従って、例えば「諌暁八幡抄」に於いて、他宗他門の宗旨の功徳は麻薬を服用した時の幻覚のように、決して良い結果を招来するものではなく、むしろ落とし穴があり、最後は取り返しのつかない事となると言う意味で、
   設(たと)ひ一切経(いっさいきょう)を読誦(どくじゅ)し十二分経(じゅうにぶ きょう)を胸(むね)に浮(うか)べたる様(よう)なりとも生死(しょうじ)を離(はな)るる事(こと)かたし。又一分(またいちぶん)のしるしある様(よう)なりとも、天地(てんち)の知(し)る程(ほど)の祈(いの)りとは成(な)るべからず。魔王( ま おう)・魔民等守護( ま みんとうしゅご)を加(くわ)へて法(ほう)に験(しるし)の有(あ)る様(よう)なりとも、終(つい)には其(そ)の身(み)も檀那(だん な )も安穏(あんのん)なるべからず。譬(たと)へば旧医(きゅうい)の薬(くすり)に毒(どく)を雑(まじ)へてさしをけるを、旧医(きゅうい)の弟子等( でしとう)、或(あるい)は盗(ぬす)み取(と)り、或(あるい)は自然( じねん)に取(と)りて人(ひと)の病(やまい)を治(じ)せんが如(ごと)し。いかでか安穏(あんのん)なるべき(御書1531)と仰せになっています。また池上兄弟に対して、正信の信心を励まされて、
   今度(このたび)ねう(忍)しくらして法華経( ほけきょう)の御利生心(おんりしょうこころ)みさせ給(たま)へ。日蓮(にちれん)も又強盛(またごうじょう)に天(てん)に申(もう)し上(あ)げ候(そうろう)なり。いよいよをづ(臆)る心(こころ)ねすがた(姿)をはすべからず(御書982)と勇気づけをされています。何と有難い激励の御言葉ではありませんか。
  日蓮大聖人はさらに、
   大旱魃(だいかんばつ)・大火(たいか)・大水(たいすい)・大風(たいふう)・大疫病(だいえきびょう)・大飢饉(だいききん)・大兵乱等(だいひょうらんとう)の無量(むりょう)の大災難(だいさいなん)並(なら)びをこり、一閻浮提(いちえんぶだい)の人々各々甲冑(ひとびとおのおのかっちゅう)をきて弓杖(きゅうじょう)を手(て)ににぎらむ時(とき)、諸(しょ)仏(ぶつ)・諸菩薩(しょぼさつ)・諸大善神等(しょだいぜんじんとう)の御力(おんちから)の及(およ)ばせ給(たま)はざらん時(とき)、諸人皆死(もろびとみなし)して無(む)間地獄(けんじごく)に堕(お)つること雨(あめ)のごとくしげからん時(とき)、此(こ)の五字(ごじ)の大曼荼羅(だいまんだら )を身(み)に帯(たい)し心(こころ)に存(ぞん)ぜば、諸王(しょおう)は国(くに)を扶(たす)け万民(ばんみん)は難(なん)をのがれん。乃至後生(ないしごしょう)の大(だい)火災( かさい)を脱(のが)るべしと仏記(ほとけしる)しをかせ給(たま)ひぬ(御書764)と、又災難を打ち払い、一人一人の現世安穏後生善処の功徳と、真の世間の「立正安国」の実現の方途を明確に示されています。
  立正による安国の実現は大聖人の大白法のもとに始めて実現されるのです。

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