妙光寺通信 法華講員の皆様へ (1−35)

「福田に良き種をまこう」

 真実の仏法僧の三宝でない架空の三宝に対して「南無三宝」「南無三宝」と大声を張りあげ、長時間にわたって三宝の名号を唱えても何ら功徳を得る事は出来ません。
  正しい教えと共に、良き福田である最勝の御本尊に、良き種子を蒔いてこそ大きな尊き福徳を得る事が出来るのです。日蓮大聖人は「衆生心身御書」に、
   設(たと)ひこう(功)をいたせども、まことならぬ事(こと)を供養(くよう)すれば、大悪(だいあく)とはなれども善(ぜん)とならず。設(たと)ひ心(こころ)をろ(愚)かにすこ(少)しきの物(もの)なれども、まことの人(ひと)に供(く)養(よう)すればこう大(功だい)なり(中略)福田(ふくでん)によきたね(種)を下(くだ)させ給(たも)ふか。なみ(涙)だもとどまらず。(御書1217)
と、真実の三宝、正しい末法適時の仏法僧の三宝に供養していくことの大事を教示されています。
  また日蓮大聖人は「御講聞書」に、
   法華経(ほけきょう)の意(こころ)は一華一香(いっけいっこう)の小善(しょうぜん)も法華経(ほけきょう)に帰(き)すれば大善(だいぜん)と成(な)る。縦(たと)ひ法界(ほうかい)に充満(じゅうまん)せる大善(だいぜん)なりとも、此(こ)の経(きょう)に値(あ)はずんば善根(ぜんこん)とは成(な)らず
   (御書1836)
と説かれています。法華経の久遠元初の一仏乗という真実の法宝、それを悟られた仏宝たる日蓮大聖人、それを相伝された御歴代上人の僧宝という最高の福田に、良き妙法の種子を蒔いてこそ大功徳を実らせる事が出来るのです。

戻る