妙光寺通信 法華講員の皆様へ (1−39)

「法華最第一」

 釈尊が説かれた五十年の説法、つまり一切経の中で法華経が最も優れている事は、釈尊自身が法華経薬王品等で繰り返し繰り返し説かれている所であります。この事は皆様もお聞き及びの事と思います。法華経薬王品を拝しますと譬えば一切の川流、江河の諸水の中に、海為れ第一なるが如く、此の法華経も、亦復是の如し。諸の如来の所説の経の中に於て、最も為れ深大なり。又、土山、黒山、小鉄囲山、大鉄囲山、及び十寶山の衆山の中に、須弥山為れ第一なるが如く、此の法華経も、亦復是の如し。諸経の中に於て、最も為れ其の上なり。又、衆星の中に、月天子最も為れ第一なるが如く、此の法華経も、亦復是の如し。千萬億種の諸の経法の中に於て、最も為れ照明なり。又、日天子の、能く諸の闇を除くが如く、此の経も亦復是の如し。 (開結 533)
と説かれ、また、
  一切の如来の所説、若しは菩薩の所説、若しは声聞の所説、諸の経法の中に最も為れ第一なり。(開結 534)

と説かれています。以上のように、法華経薬王品には十喩を挙げて、法華経が最も優れた経典である事を明確に示されています。法華経は釈尊の一切の教説の中で、その本懐とする経典であり、また末法における日蓮大聖人の弘通と妙法蓮華経の広宣流布を説かれた教典であります。
一切の経教は妙法蓮華経の法体の序分であり、足場でしかないのです。
日蓮大聖人は『念仏無間地獄抄』に
  譬えば塔をくむに足代をゆふがごとし。念仏は足代なり。法華は宝塔なり。法華を説き給ふまでの方便なり。法華の塔を説き給ふて後は、念仏の足代をば切り捨つべきなり。然るに法華経を説き給ふて後、念仏に執著するは、塔を組み立てて後、足代に著して塔を用ひざる人の如し。豈違背の咎無からんや。
と説かれています。(新編 39)

さあ、一日も早く念仏、真言、禅等の爾前権経から脱却して、最第一の妙法蓮華経に帰依致しましょう。


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