立正安国論


   大聖人は邪宗が蔓延ることを嘆き、国家安穏の為、文応元年七月十六日(1260年)『立正安国論』を時の権力者北条時頼に奏進した。邪法部師を捨て、腰に帰依しなければ三災七難の内、未だ起こっていない「自界叛逆」・「他国侵逼」の両難が惹起すると公式に発表されたのである。

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