少年少女版 日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん) 「御一生記」(ごいっしょうき)

立正安国論(りっしょうあんこくろん)(1260(ねん)/39(さい)/文応元年(ぶんおうがんねん)
 

 (ひと)びとの(くる)しみが()すなかで大聖人様(だいしょうにんさま)三十九歳(さんじゅうきゅうさい)のとき、ひとつの結論(けつろん)をだしました。「鎌倉幕府(かまくらばくふ)間違(まちが)った仏教観(ぶっきょうかん)(あやま)った(おし)えを(まも)っている(ところ)三災七難(さんさいしちなん)()こる」と(とき)執権(しっけん)に「(いま)すぐ日蓮(にちれん)()妙法蓮華経(みょうほうれんげきょう)帰依(きえ)しないかぎり三災七難(さんさいしちなん)から(まぬが)れる方法(ほうほう)()い」と「立正安国論(りっしょうあんこくろん)」を(もっ)直訴(じきそ)したのです。
  もしも(日蓮(にちれん)言葉(ことば)(もち)いずこのままであれば「自界叛逆(じかいほんぎゃく)(なん)」と()って一族(いちぞく)同士討(どうしうち)ちが(まじ)まる。そして(つぎ)には「他国侵遍(たこくしんぴつ)(なん)」と()って()(くに)からせめられると()(おそ)ろしい予言(よげん)をしたのです。その内容(ないよう)激怒(げきど)した他宗(たしゅう)坊主(ぼうず)たちは誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)だと大聖人様(だいしょうにんさま)()(もの)にしようと計略(けいりゃく)をたて(はじ)めていたのでした。

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