少年少女版(しょうねんしょうじょばん) 日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん) 「御一生記(ごいっしょうき)

熱原法難(あつはらほうなん)(1279(ねん)/58(さい)/弘安二年(こうあんにねん)


 大聖人様(だいしょうにんさま)身延(みのぶ)入山(にゅうざん)された(あき)のころから、お弟子(でし)さんたちが各地(かくち)出掛(でか)けて()大折伏(だいしゃくぶく)(はじ)まりました。日興上人(にっこうしょうにん)静岡(しずおか)富士方面(ふじほうめん)精力的(せいりょくてき)(ある)き、(ただ)しい(ほう)()いていました。そして熱原(あつはら)一帯(いったい)でも純真(じゅんしん)農民(のうみん)たちが大聖人様(だいしょうにんさま)(もと)めて信心(しんじん)(はじ)めていました。それに(はら)()てた熱原竜泉寺(あつはらりゅうせんじ)院主(いんしゅ)行智(ぎょうち)平左衛門尉頼綱(へいのさえもんのじょうよりつな)(ふか)(えん)があり(むかし)から大聖人様(だいしょうにんさま)との因縁(いんねん)()っていて、こころよく(おも)っていませんでした。そこにきて自分(じぶん)領地内(りょうちない)信者(しんじゃ)()やしていくことに、(いか)りを()さえきれませんでした。そこで大聖人様(だいしょうにんさま)弟子(でし)日秀(にっしゅう)(はたけ)稲刈(いねか)りに手伝(てつだ)いに()ていた農民(のうみん)たちを(なん)理由(りゆう)もないまま、突然無実(とつぜんむじつ)(つみ)(とら)らえたのです。それは行智(ぎょうち)策略(さくりゃく)大聖人様(だいしょうにんさま)弟子(でし)誘惑(ゆうわく)して(うそ)(うった)えを()こさせていたのでした。

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