少年少女版 日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん) 「御一生記」(ごいっしょうき)

大石寺創建(たいせきじそうけん) (1289(ねん)/聖滅(せいめつ)8(さい)/正応二年(しょうおうにねん))


 日蓮大聖人様(にちれんだいしょうにんさま)(おお)くの(おも)()(むね)身延(みのぶ)(やま)()ることが、どれ程辛(ほどつら)いことかは(はか)()れません。しかし大聖人様(だいしょうにんさま)(はな)されていた「霊山浄土(りょうぜんじょうど)のような風貌(ふうぼう)()戒壇(かいだん)()てるように」との遺言(ゆいごん)(おも)()こし、雄大(ゆうだい)富士(ふじ)裾野(すその)(ひろ)がる大石(おおいし)(はら)()ったとき、この()こそ大聖人様(だいしょうにんさま)(はな)された風貌(ふうぼう)()ていると大確信(だいかくしん)()ちました。地頭(じとう)南条時光(なんじょうときみつ)から土地(とち)建築材料(けんちくざいりょう)寄進(きしん)()けて(つぎ)時代(じだい)をになう聖地(せいち)(さだ)めて牙城(がじょう)(きず)きはじめました。それから一年後(いちねんご)十月十三日(じゅうがつじゅうさんにち)大石寺(たいせきじ)大坊(だいぼう)無事(ぶじ)完成(かんせい)したのです。
  大御本尊様(だいごほんぞんさま)御安置(ごあんち)()ませて、日興上人(にっこうしょうにん)日目上人(にちもくしょうにん)(つぎ)貫首(かんしゅ)として大石寺建立(たいせきじこんりゅう)()(えら)んで、「血脈相承(けちみゃくそうじょう)」を御内付(ごないふ)されました。
  その()日興上人(にっこうしょうにん)(つぎ)時代(じだい)をになう仏法(ぶっぽう)後継者(こうけいしゃ)(そだ)てるために第一線(だいいっせん)退(しりぞ)き、一切(いっさい)日目上人(にちもくしょうにん)(たく)され日蓮大聖人様(にちれんだいしょうにんさま)御金言(ごきんげん)御指導(ごしどう)のまま幾多(いくた)苦難(くなん)()()えて、御歴代(ごれきだい)御法主上人猊下様(ごほっすしょうにんげいかさま)連綿(れんめん)として(ただ)しい仏法(ぶっぽう)()()がれてきました。今日(こんにち)(とき)(むか)えられている(こと)(おお)くの先達(せんだつ)御報恩(ごほうおん)外護(げご)(たまもの)です。これからもその(こころ)()やすことなく本当(ほんとう)幸福(こうふく)感謝(かんしゃ)したいものです。
  そして(わたし)たち自身(じしん)一人一人(ひとりひとり)成仏(じょうぶつ)()()げるために勇気(ゆうき)をもって(あゆ)んで()きましょう。

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