少年少女版 日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん) 「御一生記」(ごいっしょうき)

日興上人(にっこうしょうにん)御入滅(ごにゅうめつ) (1333(ねん)/聖滅(せいめつ)51(さい)) 西暦(せいれき)1333(ねん) 2(がつ) 7(にち) (正慶二年(しょうけいにねん)) 享年(きょうねん)88(さい)

日目上人(にちもくしょうにん)御入滅(ごにゅうめつ) (1333(ねん)/聖滅(せいめつ)52(さい)) 西暦(せいれき)1333(ねん)11(がつ)15(にち) (正慶二年(しょうけいにねん)) 享年(きょうねん)74(さい)


 日興上人(にっこうしょうにん)日目上人(にちもくしょうにん)(すべ)てをを(たく)され富士(ふじ)のふもとに()重須(おもす)(さと)弟子(でし)たちの育成(いくせい)(はじ)めました。生涯大聖人様(しょうがいだいしょうにんさま)のお(こころ)間違(まちが)えなく(つた)え、(ただ)しい信心(しんじん)(つらぬ)(とお)(おお)くの弟子(でし)たちを(そだ)てました。そして八十八歳(はつじゅうはっさい)生涯(しょうがい)()じられました。
  第二祖日興上人(だいにそにっこうしょうにん)から第三祖日目上人(だいさんそにちもくしょうにん)へと大聖人様(だいしょうにんさま)偉業(いぎょう)である「国家諌暁(こっかかんぎょう)」を()()がれてこられました。そして日目上人(にちもくしょうにん)大聖人様(だいしょうにんさま)御遺命(ごいめい)(なら)い、四十二度(よんじゅうにど)にわたって「(ただ)しい仏法(ぶっぽう)につきなさい」と御高齢(ごこうれい)にも(かぎ)らず「国家諌暁(こっかかんぎょう)」を(つづ)けてこられました。しかし京都(きょうと)に「国家諌暁(こっかかんぎょう)」に()途中(とちゅう)雪深(ゆきぶか)山中(さんちゅう)垂井(たるい)()宿場(しゅくば)(やまい)(たお)れてしまいました。
  (みずか)らの死期(しき)(さと)った日目上人(にちもくしょうにん)はお(とも)弟子(でし)たちと最後(さいご)読経(どきょう)唱題(しょうだい)(とな)えながら、(しず)かに七十四歳(ななじゅうよんさい)生涯(しょうがい)()じました。そして第四世日道上人(だいよんせにちどうしょうにん)(つぎ)時代(じだい)(たく)され「血脈相承(けちみゃくそうじょう)」をすませて()かれました。

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