宗祖日蓮大聖人御会式法要
御 逮 夜 平成19年10月20日(土)19:00
御正当会 平成19年10月21日()14:00
妙光寺 本堂


 御会式とは、宗祖日蓮大聖人が、武州池上に於いて安祥として御入滅された十月十三日を中心に奉修され、日蓮正宗に於いては僧俗ともに最も大事な法要であります。従って総本山はもとよりの事、全国の寺院に於いても必ず奉修せられます。

 大聖人は末法有縁の下種の御本仏であり、一閻浮提第一の聖人であり、末法万年の闇を照らし、濁悪の時代の一切衆生を救済し給う三世常住の仏であります。この三世常住、永劫不滅の仏が何故に現実に入滅せられたのか、この御化導の御本意を知らなくてはなりません。それは法華経の「寿量品」に、 「衆生を度せんが為の故に方便して涅槃を現ず、も実には滅度せず」 (開結四三九頁)と説かれるが如く、仏の生命は常住であるけれども、もしも仮にいつまでもこの土に住して、近くに実在されますと衆生は悉く安心していつしか渇仰の心を失ってしまいます。

 そこで大聖人は一切の人々に仏の値い難きを教えんが為、恋慕発心の心を起こさしめんが為に、敢えて方便として寂滅の相を示現して入滅され、難遭の想いを生ぜしめ仏道修行の大事を勧奨せられたのです。


 大聖人様はその準備として、まず大聖人の人法一箇の御本尊、仏宝法宝の法体を弘安二年十月十二日本門戒壇の大御本尊の上にとどめられ、その御内証、法門、化儀、誓願、修行の極理、御遺命は僧宝の師伝、血脈として本門弘通の大導師日興上人に御相承遊ばされたのであります。

 大聖人の遠く末法万年の人々をられての御振舞、御化導であります。

 しかして弘安五年十月十三日、大聖人は凡夫僧、示同凡夫の御姿の上に仏の涅槃の相を示現されたのであって、この現滅は同時に竜の口の法難とあいまって、久遠本仏の御境界に於ける不滅を顕しておられるのであります。

 大聖人の御入滅の時、突如として大地が震動し、季節はずれの桜の花が開花したと言われる所以は、大聖人の御身が天地宇宙の法界と融合一体、十界互具、事の一念三千の南無妙法蓮華経の大生命体である事を表しており、現実の無常の入滅は実は自我偈に「滅不滅有りと現ず」と説かれる如く、御本仏の無常即常住、倶時相即の実相、生死不二の根本の御姿を如実に御示しになる事にあったのです。従って御会式は、大聖人の御命日にあたる法要等と言う簡単な意味に解してはなりません。

 実は大聖人の滅不滅を祝し、三世常恒の大生命、無量の大慈大悲、本有自在の御境界をお喜び申し上げる儀式であり、同時に御宝前に立正安国論並びに御歴代先師の国家諫暁の申状を奉読申し上げ、我等が法華折伏破權門理の信心を御仏前に表し、大聖人様の御精神を永遠に厳守して忍難弘通、広宣流布への精進を誓う大法会であります。

住職挨拶
布教講演
大願寺住職
板東慈潮御尊師
 

 

一、 出 仕 鈴 (僧侶入場)  
一、 献    膳    
一、 読    経 (方便品・寿量品長行)  
一、 御 申 状 奉 読    
  (1)日有上人御申状    
  (2)立 正 安 国 論    
  (3)日蓮大聖人御申状    
  (4)日興上人御申状    
  (5)日目上人御申状    
  (6)日道上人御申状    
  (7)日行上人御申状    
一、 読    経 (寿量品自我偈)  
一、 唱 題 観 念 文    
一、 終 了 鈴 (僧侶退場)  
一、 布 教 講 演    
一、 お花くずし    

(1)日 有 上 人 申 状

 日蓮聖人の弟子日興の遺弟日有誠惶誠恐(せいこうせいきょう)謹んで言(もう)す。
 殊に天恩を蒙り、且つは諸仏同意の鳳詔を仰ぎ、且つは三国持法の亀鏡に任せ、正像所弘の爾前迹門の謗法を棄捐(えきん)せられ、末法適時の法華本門の正法を信敬(しんぎょう)せらるれば、天下泰平国土安穏ならしめんと請うの状。

 副(そ)え進ず
 一巻 立正安国論 日蓮聖人文応元年の勘文
 一通 日興上人申状の案
 一通 日目上人申状の案
 一通 日道上人申状の案
 一通 日行上人申状の案
 一、 三時弘経の次第

 右、謹んで真俗の要術を検(かんが)えたるに、治国利民の政は源内典より起こり、帝尊の果報は亦供仏の宿因に酬(むく)ゆ。而るに諸宗の聖旨を推度するに、妙法経王を侵され一国を没し衆生を失う。庶教典民に依憑して万渡を保ち、如来勅使の仏子を蔑ずる。緇素(しいそ)之れを見て争(いか)でか悲情を懐かざらんや。凡そ釈尊一代五十年の説法の化儀興廃の前後歴然たり。所謂(いはゆる)小法を転じて外道を破し、大乗を設けて小乗を捨て、実教を立てて権教を廃す。又迹を払って本を顕わす、此の条誰か之れを論ずべけんや。況んや又三時の弘経は四依の賢聖悉く仏勅を守って敢えて縦容たるに非ず。爰(ここ)を以って初め正法千年の間、月氏には先ず迦葉・阿難等の聖衆小乗を弘め、後に竜樹・天親等の大士小乗を破して権大乗を弘む。次に像法千年の中末、震且には則ち薬王菩薩の応作天台大師南北の邪義を破して法華迹門を弘宣す。将又後身を日本に伝教と示して六宗の権門を拉(くじ)き一実の妙理に帰せしむ。
 然るに今末法に入っては稍(やや)三百余歳に及べり。正に必ず本朝に於いては上行菩薩の再誕日蓮聖人、法華本門を弘通して宣しく爾前迹門を廃すべき爾の時に当たり已んぬ、是れ併(しかしなが)ら時尅と云い機法と云い進退の経論明白にして通局の解釈炳焉(へいえん)たり。寧(むし)ろ水影に耽(ふけ)って天月を褊し、日に向かって星を求むべけんや。然るに諸宗の輩所依の経経時既に過ぎたる上、権を以って実に混じ、勝を下して劣を尊む、雑乱と毀謗と過咎(かぐ)最も甚し。既に彼を御帰依の間仏意快からず、聖者化を蔵し善神国を捨て悪鬼乱入す。此の故に自界の親族忽(たちま)ちに叛逆を起こし、他国の怨敵弥(いよいよ)応に界を競うべし、唯自他の災難のみに非ず剰(あまつさ)え阿鼻の累苦を招くをや。
 望み請う、殊に天恩を蒙り、爾前迹門の諸宗の謗法を対治し、法華本門の本尊と戒壇と並びに題目の五字とを信仰せらるれば、広宣流布の金言宛(あたか)も閻浮に満ち、闘諍堅固の夷賊も聊(いささ)か国を侵さじ。仍って一天安全にして玉体倍(ますます)栄耀(えいよう)し、四海静謐(せいひつ)にして土民快楽(けらく)に遊ばん、日有良(や)や先師の要法を継いで以って世のため法のため粗(ほぼ)天聴に奏せしむ。謹んで言す。
  亨永四年三月   日 有


(2)立 正 安 国 論

 主人悦んで曰く、鳩化して鷹と為り、雀変じて蛤と為る。悦ばしいかな、汝欄室の友に交はりて麻畝の性と成る。誠に其の難を顧みて専ら此の言を信ぜば、風和らぎ浪静かにして不日に豊年ならんのみ。但し人の心は時に随って移り、物の性は境に依って改まる。譬へば猶水中の月の波に動き、陣前の軍の剣に靡(なび)くがごとし。汝当座に信ずと雖も後定めて永く忘れん。若し先づ国土を安んじて現当を祈らんと欲せば、速やかに情慮を廻らし怱(いそ)いで対治を加へよ。所以は何。薬師経の七難の内、五難忽ちに起こり二難猶残れり。所以他国侵逼の難・自界叛逆の難なり。大集経の三災の内、二災早く顕はれ一災未だ起こらず。所以兵革の災なり。金光明経の内、種々の災過一々に起こると雖も、他方の怨賊国内を侵掠する、此の災未だ露はれず、此の難未だ来たらず。仁王経の七難の内、六難今盛んにして一難未だ現ぜず。所以四方の賊来りて国を侵すの難なり。加之(しかのみならず)国土乱れん時は先づ鬼神乱る、鬼神乱るゝが故に万民乱ると。今此の文に就いて具に事の情(こころ)を案ずるに、百鬼早く乱れ万民多く亡ぶ。先難是明らかなり、後災何ぞ疑はん。若し残る所の難悪法の科に依って並び起こり競ひ来たらば其の時何が為んや。帝王は国家を基として天下を治め、人臣は田園を領して世上を保つ。而るに他方の賊来たりて其の国を侵逼し、自界叛逆して其の地を掠領せば、豈驚かざらんや豈騒がざらんや。国を失ひ家を滅せば何れの所にか世を遁れん。汝須く一身の安堵を思はゞ先ず四表の静謐を祈るべきものか。就中人の世に在るや各後生を恐る。是を以て或は邪教を信じ、或は謗法を貴ぶ。各是非に迷ふことを悪むと雖も而も猶仏法に帰することを哀しむ。何ぞ同じく信心の力を以て妄りに邪義の詞を崇めんや。若し執心飜らず、亦曲意猶存せば、早く有為の郷を辞して必ず無間の獄(ひとや)に堕ちなん。所以は何、大集経に云はく「若し国王有って無量世に於て施戒慧を修すとも、我が法の滅せんを見て捨てゝ擁護せずんば、是くの如く種うる所の無量の善根悉く皆滅失し、乃至其の王久しからずして当に重病に遇ひ、寿終の後大地獄に生ずべし王の如く夫人・太子・大臣・城主・柱師・郡主・宰官も亦復是くの如くならんと。
 仁王経に云く「人仏教を壊らば復孝子無く、六親不和にして天神も祐(たす)けず、疾疫悪鬼日に来たりて侵害し、災怪首尾し、連禍縦横し、死して地獄・餓鬼・畜生に入らん。若し出でて人と為らば兵奴の果報ならん。響きの如く影の如く、人の夜書(ものか)くに火は滅すれども字は存するが如く、三界の果報も亦復是くの如し」と。
 法華経第二に云はく「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば、乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん」と。又同第七巻不軽品に云はく「千劫阿鼻地獄に於て大苦悩を受く」と。涅槃経に云はく「善友を遠離し正法を聞かず悪法に住せば、是の因縁の故に沈没して阿鼻地獄に在って受くる所の身形縦横八万四千由延ならん」と。
 広く衆経を披きたるに専ら謗法を重んず。悲しいかな、皆正法の門を出でて深く邪法の獄に入る。愚かなるかな各悪教の綱に懸かりて鎮(とこしなえ)に謗教の綱に纏(まつ)はる。此の朦霧の迷ひ彼の盛焔の底に沈む。豈愁へざらんや、豈苦しまざらんや。汝早く信仰の寸心を改めて速やかに実乗の一善に帰せよ。然れば則ち三界は皆仏国なり、仏国其れ衰へんや。十方は悉く宝土なり、宝土何ぞ壊れんや。国に衰微無く土に破壊無くんば身は是安全にして、心は是禅定ならん。此の詞此の言信ずべく崇むべし。
 客の曰く、今生後生誰か慎まざらん誰か和(したが)はざらん。此の経文を被きて具に仏語を承るに、誹謗の科至って重く毀謗の罪誠に深し。我一仏を信じて諸仏を抛ち、三部経を仰ぎて諸経を閣きしは是私曲の思ひに非ず、則ち先達の詞に随ひしなり。十方の諸人も亦復是くの如くなるべし。今世には性心を労し来生には阿鼻に堕せんこと文明らかに理詳らかなり疑ふべからず。弥貴公の慈誨を仰ぎ、益愚客の癡心を開き、速やかに対治を廻らして早く泰平を致し、先づ生前を安んじ更に没後を扶けん。唯我が信ずるのみに非ず、又他の誤りをも誡めんのみ。


(3)日 蓮 大 聖 人 申 状

 其の後書絶えて申さず、不審極まりなく候。抑(そもそも)去(ゐ)ぬる正嘉元年丁巳八月二十三日戌亥の刻の大地震、日蓮諸経を引いて之れを勘えたるに、念仏宗と禅宗等とを御帰依あるがの故に、日本守護の諸大善神瞋恚を作(な)して起こす所の災いなり。若し此れを対治なくんば、他国のために此の国を破らるベきの由、勘文一通之れを撰し、正元二年庚申七月十六日御辺に付け奉りて、故最明寺入道殿へ之れを進覧す。其の後九箇年を経て、今年大蒙古国の牒状之れある由風聞すと等云云。経文の如くんば、彼の国より此の国を責めんこと必定なり。而るに日本国の中には、日蓮一人彼の西戎を調伏すベきの人に当たり、兼ねて之れを知り論文に之れを勘う。君の為め、国の為め、神の為め、仏の為め内奏を経らるべきか。委細の旨は見参を遂げて申すべく候、恐恐謹言。
 文永五年八月二十一日   日 蓮
宿屋左衛門入道殿


(4)日 興 上 人 申 状

 日蓮聖人の弟子日興重ねて言上
 早く爾前迹門の謗法を対治し、法華本門の正法を立てらるれば、天下泰平国土安全たるべき事。

 副え進ず、先師申状等
 一巻 立正安国論 文応元年の勘文
 一通 文永五年の申状
 一通 同八年の申状
 一、 所造の書籍等(しょじゃくら)

 右、度度具さに言上し畢んぬ。抑(そもそも)謗法を対治し正法を弘通するは、治国の秘術聖代の佳例なり。所謂漢土には則ち陳隋の皇帝、天台大師十師の邪義を破して乱国を治す。倭国には亦桓武天皇、伝教大師六宗の謗法を止めて異賊を退く。凡そ内に付け外に付け、悪を捨て善を持つは如来の金言、明王の善政なり。爰に近代天地の災難国土の衰乱、歳を逐うて強盛なり。然れば則ち当世御帰依の仏法は、世のため人のため無益なること誰か之れを論ずベけんや。凡そ伝教大師像法所弘の法華は迹門なり、日蓮聖人末法弘通の法華は本門なり、是れ即ち如来付嘱の次第なり、大師の解釈明証なり、仏法のため王法のため、早く尋ね聞こし食(め)され、急ぎ御沙汰あるべきものか。所詮末法に入っては、法華本門を建てられざるの間は、国土の災難に随って増長し、自他の叛逆歳を逐うて蜂起せん。是等の子細具(つぶ)さに先師所造の安国論並びに書籍等に勘え申すところ皆以って符合せり。然れば則ち早く爾前迹門の謗法を対治し、法華本門の正法を立てらるれば、天下泰平国土安全たるべし。仍って世のため法のため重ねて言上件(くだん)の如し。
  元徳二年三月   日 興


(5)日 目 上 人 申 状

 日蓮聖人の弟子日目誠惶誠恐謹んで言す。
 殊に天恩を蒙り、且つは一代説教の前後に任せ、且つは三時弘経の次第に准じて正像所弘の爾前迹門の謗法を退治し、末法当季の妙法蓮華経の正法を崇められんと請うの状。

 副え進ず
 一巻 立正安国論 祖師日蓮聖人文応元年の勘文
 一通 先師日興上人申状 元徳二年
 一、 三時弘経の次第

 右、謹んで案内を検えたるに、一代の説教は独り釈尊の遺訓なり、取捨宜しく仏意(ぶっち)に任すベし。三時の弘経は則ち如来の告勅なり、進退全く人力に非ず。
 抑、一万余宇の寺塔を建立して、恒例の講経陵夷を致さず、三千余の社壇を崇めて如在の礼奠怠懈しむることなし。然りと雖も顕教密教の護持も叶わずして、国土の災難日に随って増長し、大法秘法の祈祷も験(しるし)なく、自他の反逆歳を逐うて強盛なり、神慮測られず仏意思い難し。倩(つらつら)微管を傾け聊(いささ)か経文を披きたるに、仏滅後二千余年の間正像末の三時流通の程、迦葉・竜樹・天台・伝教の残したもうところの秘法三つあり、所謂法華本門の本尊と戒壇と妙法蓮華経の五字となり。之を信敬せらるれば、天下の安全を致し国中の逆徒を鎮めん、此の条如来の金言分明なり、大師の解釈炳焉たり。就中我が朝は是れ神州なり、神は非礼を受けず。三界は皆仏国なり、仏は則ち謗法を誡む。然れば則ち爾前迹門の謗法を退治せらるれば、仏も慶び神も慶ぶ。法華本門の正法を立てらるれば、人も栄え国も栄えん。望み請う、殊に天恩を蒙り諸宗の悪法を棄捐せられ、一乗妙典を崇敬せらるれば、金言しかも愆(あやま)たず、妙法の唱え閻浮に絶えず、玉体恙(つつが)無うして宝祚の境え天地と疆(きわ)まり無けん。日目先師の地望を遂げんがために、後日の天奏に達せしむ。誠惶誠恐謹んで言す。
  元弘三年十一月   日 目


(6)日 道 上 人 申 状

 日蓮聖人の弟子日興の遺弟日道誠惶誠恐謹んで言す。
 殊に天恩を蒙り、爾前迹門の謗法を対治し、法華本門の正法を建てらるれば、天下泰平国土安穏ならんと請うの状。

 副え進ず
 一巻 立正安国論 先師日蓮聖人文応元年の勘文
 一通 先師日興上人申状の案
 一通 日目上人申状の案
 一、 三時弘経の次第

 右、遮那覚王の衆生を済度したもうや、権教を捨てて実教を説き、日蓮聖人の一乗を弘通したもうや、謗法を破して正法を立つ。謹んで故実と検えたるに釈迦善逝の本懐を演説したもうや、則ち四十余年の善巧を設け、日蓮聖人の末世を利益したもうや、則ち後五百歳の明文に依るなり。凡そ一代の施化は機情に赴いて権実を判じ、三時の弘経は仏意に随って本迹を分かつ。誠に是れ浅きより深きに至り、権を捨て実に入るものか。
 是れを以って陳朝の聖主は累葉崇敬の邪法を捨てて法華真実の正法に帰し、延暦の天子は六宗七寺の慢幢を改めて一乗四明の寺塔を立つ。天台智者は三説超過の大法を弘めて普く四海の夷賊を退け、伝教大師は諸経中王の妙文を用いて鎮(とこしな)えに一天の安全を祈る。是れ則ち仏法を以って王法を守るの根源、王法を以って仏法を弘むるの濫觴(らんしょう)なり。経に曰わく、正法治国邪法乱国と云々。
 抑未萌(みぼう)を知るは六聖の聖人なり、蓋し法華を了(さと)るは諸仏の御使いなり。然るに先師日蓮聖人は生智の妙悟深く法華の渕底を究め、天真独朗玄(はる)かに未萌の災蘖(さいげつ)を鑑みたもう。経文の如くんば上行菩薩の後身遣使還告の薩垂(さった)なり。若し然らば所弘の法門寧(むし)ろ塔中伝付の秘要末法適時の大法に非ずや。
 然れば則ち早く権迹浅近の謗法を棄捐し、本地甚深の妙法を信敬せらるれば、自他の怨敵自ら摧滅し上下の黎民快楽に遊ばんのみ。仍って世のため法のため誠惶誠恐謹んで言す
  延元元年二月   日 道


(7)日 行 上 人 申 状

 日蓮聖人の弟子日興の遺弟等謹んで言す
 早く如来出世の化儀に任せ、聖代明時の佳例に依って、爾前迹門の謗法を棄捐し、法華本門の正法を信仰せば、四海静謐を致し衆国安寧ならしめんと欲する子細の事。

 副え進ず
 一巻 立正安国論日蓮聖人文応元年の勘文
 一通 祖師日興上人申状の案
 一通 目目上人申状の
 一通 日道上人申状の案
 一、 三時弘経の次第

 右、八万四千の聖教は五時の説教を出でず、五千七千の経巻は八軸の妙文に勝れず、此れ則ち釈尊一代五十年説法の間前後を立てて権実を弁ず。所以に先四十二年の説は先判の権教なり、後八年の法華は後判の実教なり。而るに諸宗の輩、権に付いて実を捨て、前に依って後を忘れ、小に執して大を破す、未だ仏法の渕底を得ざるものなり、何に由ってか現当二世の利益を成ぜんや。経に曰わく、正法治国邪法乱国と。若し世上静謐ならずんば御帰依の仏法豈邪法に非ずや、是法住法位世間相常住と云えり、若し又四夷の乱あらんに於いては寧ろ正法崇敬の国と謂(いひ)つべけんや。悪人を愛敬し善人を治罰するに由るが故に星宿及び風雨皆時を以って行(めや)らず、謗法の悪人を愛敬せられ正法の行者を治罰せらるるの条何ぞ之れを疑わんや。凡そ悪を捨て善を持ち、権を破して実を立つるの旨は如来化儀の次第なり、大士弘経の先蹤なり、又則ち聖代明時の佳例なり、最も之れを糺明せらるベきか。
 此に於いて正像末の三時の間四依の大士弘通の次第あり、所謂正法千年の古(いにしえ)、月氏には先ず迦葉・阿難等の大羅漢小乗を弘むと雖も、後竜樹・天親等の大論師小乗を破して権大乗を弘通す。像法千年の間、漢土には則ち始め後漢より以来南三北七の十師の諸宗を崇敬すと雖も、陳隋両帝の御宇南岳・天台出世して七十代五百年御帰依の仏法を破失し、法華迹門を弘め乱国を治し衆生を度す。倭国には亦欽明天皇より以来二百年二十代の間、南都七大寺の諸宗を崇めらるると雖も、五十代桓武天皇の御宇伝教大師諸宗の謗法を破失して、叡山に天台法華宗を崇敬せられ夷敵を退け乱国を治す。是に又末法の今上行菩薩出世して法華会上の砌虚空会の時、教主釈尊より親り多宝塔中の付嘱を承け、法華本門の肝要妙法蓮華経の五字並びに本門の大曼荼羅と戒壇とを今の時弘むべき時尅なり、所謂日蓮聖人是れなり。而るに諸宗の族(やから)只信ぜざるのみに非ず剰え誹謗悪口を成すの間、和漢の証跡を引いて勘文に録し、明時の聖断を仰ぎ奏状を捧ぐと雖も今に御信用なきの条堪え難き次第なり。
 所謂諸宗の謗法を停止せられ、当機益物の法華本門の正法を崇敬せらるれば、四海の夷敵も頭(こうべ)を傾け掌(たなごころ)を合わせ、一朝の庶民も法則に順従せん、此れ乃ち身のために之れを言さず、国のため君のため法のため恐恐言上件の如し。
  暦応五年三月   日 行

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