平成20年 4月29日()  午後 2:00

本堂に於いて、尾林住職の導師のもと、宗旨建立会が奉修されました。


 宗旨建立会とは、末法の御本仏日蓮大聖人様が南無妙法蓮華経の一大法の宗旨を建立し、立宗を宣言遊ばされた建長五年(一二五三)四月二十八日を記念して御報恩申し上げる法要です。
  大聖人様は御年十六歳の時、房州(千葉県)清澄寺において道善房を師として出家得度以来、久遠の本仏の再誕として持って生まれられた御仏智に加えて、京都・奈良・比叡など十数年にわたって遊学研鑽し、一切の仏法の奥底を具さに究められました。そして一切衆生の不幸の根源は、仏の本意に背く時代に不相応な低劣な邪法を信仰する結果であり、末法万年の時代を救うべき道は唯一つ、法華経寿量品の奥底に秘し沈められた妙法蓮華経の大法を宗旨として建立し、弘通する以外にない事を確信されました。それがまた釈尊や天台、伝教の予証と本意にかなう唯一の道でもありました。
  なかんずく先ず法華経の最重要事である本化地涌上行への相伝の御立場を自解された大聖人様は末法に於ける法華経の行者として、末法万年の一切の人々を暗黒の業苦から救い切ってみせるとの大慈悲に立って、此処に立宗を決意されたのです。しかも宣言の場所を東土日本の中心という意味からも、又父母の恩、師の道善房に対する報恩の意味をもこめて、清澄寺に定められ、幼少の頃日本第一の智者になし給えと祈られた虚空蔵菩薩への功徳の回向をも皆共に成就せられたのでした。
  建長五年四月二十八日の未明、御年三十二歳の大聖人様はひとり清澄山上旭ヶ森に立ち、遠く太平洋上の彼方、遠く水平線上に今まさに昇り来る朝日に向かって起立合掌され、「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」と朗々たる、厳粛な、そしてまた熱誠の込められた雄渾な響きを持った題目の第一声を唱え出だされたのであります。
  この題目は釈尊の仏法でもない、法華経の題号の題目でもない、大聖人御自身の胸中
の具え給う久遠元初の御悟りに基づく題目であって太陽を始めとする大宇宙の法界に向かって、つまり衆生世間、国土世間、五蘊世間の一切の森羅万象のみならず、生きとし生けるものの一切の仏性を根本から揺り動かす大音声をもって開宗の宣言をせられたのであります。
  この題目こそ、今まで誰人も唱え出すことのなかった自行化他にわたる妙法蓮華経の一大光明であります。
  やがて同日午の刻(正午)、清澄寺の諸仏坊の持仏堂において師の道善房、地頭の東条景信を始め、多くの僧俗を目前に身命を賭して堂々と折伏の第一声を開始され、念仏を無間堕地獄と破し、禅は天魔の所為、真言は亡国の根源と喝破されました。また末法の衆生を救うことができるのは今初めて日蓮によって開宣せられる南無妙法蓮華経の大法以外にはなく、早く禅・念仏・真言・律等の邪法を捨ててこの妙法を信受すべきであると勧められたのでした。
  このような未だかつて聞いたことのない法華経を第一とする説法に対し、師の道善房も、父母も、僧俗の全ての大衆が驚きました。中でも謗法の執着の強い地頭東条景信はたちまち怨嫉誹謗の徒となり怒りに狂い、大聖人様は即刻逐(お)われる身となられました。
  しかしこうした法華誹謗の輩もまた、逆縁の功徳によって必ず成仏の道が開かれるのであり、大聖人様の仏法は信謗の如何を問わず、一切の民衆のみならず宇宙法界に妙法を下種された所に、立宗宣言の究極の意義があったと言えましょう。
  宗旨建立会は、このような法界の全体を導かんとされる大聖人様の大慈大悲に対し御報恩申し上げる儀式であって、この儀式に際し私達は不退転の弘通と正法広布を誓願なされた大聖人様の御心を拝し奉り、いよいよ信心を強盛に死身弘法の決意を新たにすべきであります。

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