白米一俵御書

令和四年四月度 御報恩御講拝読御書

白米一俵御書はくまいいっぴょうごしょ 御書一五四四ページ八行目~一一行目
(弘安三年 五十九歳)

南無なむもうすは天竺てんじくのことばにてそうろう漢土かんど日本にほんには帰命きみょうもうす。帰命きみょうもうすはいのちほとけたてまつるともうことなり。にはぶんしたがひて妻子さいし眷属けんぞく所領しょりょう金銀きんぎんとうもてる人々ひとびともあり、またたからなき人々ひとびともあり。たからあるもたからなきもいのちもうたからにすぎてそうろうたからそうらはず。さればいにしへの聖人しょうにん賢人けんじんもうすは、いのちほとけにまいらせてほとけにはなりそうろうなり。

通釈

南無というのはインドの言葉である。中国や日本では「帰命」と言う。帰命とは、我が命を仏に捧げるということである。我が身には分に応じて妻子・眷属・所領・金銀などを持つ人々もいる、また財を持たない人々もいる。財がある人も無い人も、命という財にすぎる財はない。よって、昔の聖人・賢人と言われる人は、命を仏に差し上げて仏になったのである。

主な語句の解説

  • 南無

古代インドの言葉で、帰命・帰依・度我・尊敬・信順等と訳す。ここでは帰命の意。

  • 帰命

南無の漢訳。仏を信じ、仏に身命を捧げて覚りを求めること。転じて、全身全霊をもって仏道修行を行うことをいう。

  • 眷属

親しみ従う者。家族や親族、家来。または、仏菩薩に随順する者をいう。

  • 聖人賢人

ここでいう聖人は仏菩薩、もしくは智徳と慈悲を兼ね具えた仏道の覚者。賢人は賢明な人格者、指導者、功績者等のこと。