四条金吾殿御返事 最終更新日時 : admin 令和五年九月度 御報恩御講拝読御書 四条金吾殿御返事しじょうきんごどのごへんじ 御書一二九二ページ七行目~一〇行目(弘安元年閏十月二十二日 五十七歳) 李広りこう将軍しょうぐんと申もうせしつはものは、虎とらに母ははを食くらはれて虎とらに似にたる石いしを射いしかば、其その矢や、羽はぶくらまでせめぬ。後のちに石いしと見みては立たつ事ことなし。後のちには石虎せっこ将軍しょうぐんと申もうしき。貴辺きへんも又またかくのごとく、敵かたきはねら狙ふらめども法華経ほけきょうの御信心ごしんじん強盛ごうじょうなれば大難だいなんもかねて消きえ候そうろうか。是これにつけても能よく能よく御信心ごしんじんあるべし。 通釈 昔、中国の李広将軍と申すつわものは、虎に母を食い殺されて、その虎に似た石を射ると、その矢は羽根まで達する程突き刺さった。しかし、それが石と気付いてからは、幾度射っても矢が刺さることはなかった。このことから、後世の人々は李広将軍のことを石虎将軍と呼ぶようになった。あなたもまた、この故事と同様(に一念が大事)である。敵が狙っているであろうが、法華経への御信心が強盛であれば、大難も消えるであろう。これにつけても、よくよく御信心を深めていきなさい。 主な語句の解説 李広 中国の前漢時代、文帝・景帝・武帝に仕えた将軍。武勇に優れており、諸国から「飛将軍」と呼んで恐れられていた。司馬遷による「桃李不言 下自成蹊」の成語でも知られる。 つはもの 武器・兵器、または軍人や武士のこと。 羽ぶくら 矢につけた羽根。矢ばね。