3.浜辺で勉学

善日麿(ぜんにちまろ)は漁師(りょうし)をしている父(ちち)(重忠(しげただ))と母(はは)(梅菊女(うめぎくにょ))の深(ふか)い愛情(あいじょう)につつまれた中(なか)で、すくすくと育(そだ)ちました。

村(むら)の子供(こども)たちが楽(たの)しそうに遊(あそ)んでいても浜辺(はまべ)に出(で)てはいつも砂(すな)の上(うえ)に字(じ)を書(か)く練習(れんしゅう)や学問(がくもん)の勉強(べんきょう)をしていました。でも子供(こども)のころから人(ひと)への思(おも)いやりが深(ふか)く、こまやかな心(こころ)づかいと強靱(きょうじん)な意志(いし)の持(も)ち主(ぬし)で村(むら)の子供(こども)たちの中心(ちゅうしん)になって困(こま)った人(ひと)たちや弱(よわ)い子供(こども)たちの面倒(めんどう)をみていました。

そんな善日麿(ぜんにちまろ)の将来(しょうらい)を気(き)にとめていた両親(りょうしん)は「この子(こ)を漁師(りょうし)にするより学問(がくもん)の道(みち)に進(すす)ませてあげたい。そして世(よ)の中(なか)の人(ひと)たちのために役立(やくだ)つ人(ひと)になって欲(ほ)しい。」と思(おも)うようになっていました。