佐渡御勘気抄
令和四年九月度 御報恩御講拝読御書
佐渡御勘気抄 御書四八二ページ九行目~一二行目
(文永八年十月初旬 五十歳)
仏になる道は、必ず身命をすつるほどの事ありてこそ、仏にはなり候らめと、をしはからる。既に経文のごとく「悪口罵詈」「刀杖瓦礫」「数々見擯出」と説かれて、かゝるめに値ひ候こそ、法華経をよむにて候らめと、いよいよ信心もおこり、後生もたのもしく候。
令和四年九月度 御報恩御講拝読御書
仏になる道は、必ず身命をすつるほどの事ありてこそ、仏にはなり候らめと、をしはからる。既に経文のごとく「悪口罵詈」「刀杖瓦礫」「数々見擯出」と説かれて、かゝるめに値ひ候こそ、法華経をよむにて候らめと、いよいよ信心もおこり、後生もたのもしく候。