4.清澄寺に学ぶ

1233年/12歳/天福元年

善日麿(ぜんにちまろ)が十二(さい)になったころ両親(りょうしん)のすすめで小湊(こみなと)裏山(うらやま)のいただきにある清澄寺(せいちょうじ)にのぼり、道善房(どうぜんぼう)のお弟子(でし)になりました。

そして師匠(ししょう)のもとで兄弟子(あにでし)浄顕房(じょうけんぼう)義浄房(ぎしょうぼう)(きび)しい学習(がくしゅう)にも熱意(せいい)をもって(こた)えました。(かわ)いた(すな)(みず)をすいこむように(すべ)ての知識(ちしき)(いのち)にきざみ浸透(しんとう)させて()きました。

大聖人様 (だいしょうにん)はこの二人(ふたり)(おん)(のち)までも(わす)れませんでした。またお二人(ふたり)生涯(しょうがい)大聖人様(だいしょうにんさま)()くなるまでお(そば)にお(つか)えして()くされました。

そして 仏法(ぶっぽう)(まな)べば(まな)ぶほど、()(なか)(くる)しむ(ひと)たちを(すく)ってあげたいとの(おも)いが、とめどなく()()がって()るのを(かん)じていました。