16.折伏布教 最終更新日時 : admin 1269年/48歳/文永六年 大聖人様(だいしょうにんさま)は「十一通(じゅういっつう)の書状(しょじょう)」をもって陳情(ちんじょう)されたことを幕府(ばくふ)の要人(ようじん)たちが怒(おこ)って、何(なに)を仕掛(しか)けてくるかも察知(さっち)していました。 そこで弟子(でし)や信徒(しんと)の方々(かたがた)に「一門(いちもん)の覚悟(かくご)」をうながし、「これからどのような迫害(はくがい)が競(きそ)い起(お)こっても信心(しんじん)を捨(す)てずに成仏(じょうぶつ)を願(ねが)って頑張(がんば)って欲(ほ)しい」と願(ねが)っていました。 そして鎌倉(かまくら)・安房(あわ)・下総等(しもふさとう)の各地(かくち)にわたって、念仏宗(ねんぶつしゅう)・禅宗(ぜんしゅう)・真言宗(しんごんしゅう)・律宗(りっしゅう)の僧侶(そうりょ)やその間違(まちが)った信仰(しんこう)を信(しん)じる人(ひと)たちに猛然(もうぜん)と折伏弘教(しゃくぶくぐきょう)を開始(かいし)して幸福(こうふく)になれる道(みち)を説(と)いて回(まわ)って行(い)きました。 [<< 前] [一覧] [次 >>]